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渋谷の顔といっても過言ではない渋谷センター街は、渋谷のなかでもとりわけ独自色の強いエリア。速いテンポで新しいトレンドを生み出し続けるパワーは、果たしてどこから湧いてくるのか。この地域の歴史を紐解くとともに、渋谷センター街の別の顔、雑居ビルの階上に存在する快適空間の魅力に迫った。かつては「宇田川有楽街」と呼ばれた古くからの繁華街

渋谷センター街

スクランブル交差点を渡って渋谷センター街に足を踏み入れると、まさに目の眩むような混沌とした空間が現れる。その強烈なインパクトゆえに渋谷のなかでも好き嫌いがはっきりと分かれるエリアだが、強力なパワーを内在し、ティーンエージャーを中心とした独特のカルチャーの発信地となっているのは誰もが認めるところ。センター街は、どのような変遷を辿って、現在の街並みを形成したのだろうか。

渋谷センター街一帯の「宇田川町」という地名は、かつて、この場所を流れた宇田川という河川に由来する。現在の賑やかな光景からは想像することすら難しいが、代々木の辺りから井の頭通りに沿って流れてきた宇田川は、渋谷BEAM、SHIBUYA109の方向へと進み、宮益坂の辺りで渋谷川に合流していた。暗渠化された渋谷川同様、今でも宇田川は地下を流れているというから驚きだ。

昭和26年頃の渋谷駅前交差点
資料提供:白根記念 渋谷区郷土博物館・文学館(部分)

渋谷センター街の誕生

この宇田川は豪雨のたびに水害をもたらしたことから、昭和4年から沿岸工事が進み、昭和10年代には飲食店やカフェが建ち並び始め、やがて宇田川も暗渠化される。昭和30年頃になると、駅前一帯で区画整理事業がスタートし、このエリアは「宇田川有楽街」と名付けられ、新宿と肩を並べる繁華街へと発展する。昭和36年には街づくりの体制を整えるために、「渋谷センター商店会」が結成された。

とはいっても、当時はまだのどかな風情も残っていた。祖父母の代から渋谷センター街に居を構え、渋谷センター商店会の理事を務めた経験もある近藤彰敏さんは、昭和30〜40年代初期に少年時代を過ごした。「確かにバーや炉端焼きなど飲食店はたくさんあったけど、住宅も多く、家の前の路地は車も滅多に通りませんでした。友達と野球をしたり、近くの工事現場に秘密基地を作ったり、冬には雪合戦をしたり、この辺りは良い遊び場でしたよ」。

その後も渋谷センター街は、繁華街としての発展を続けていく。1980年代後半の「渋カジ」の流行などによって渋谷が“若者ファッションの街”というイメージを強めるなか、とくに渋谷センター街に10代前後の若者が集まり始めたのは、1990年頃に出現した、いわゆる「チーマー」のあたりからではないかと、近藤さんは話す。

雑多な人種や文化の“るつぼ”から新しいカルチャーが生まれる

通りは10代から20代の若者でにぎわう

チーマーは数年で姿を消すが、その後、93年頃からルーズソックスなどを流行らせた「コギャル」、また98年頃には、まさに突然変異的なファッションが登場した。突如、渋谷センター街に現れてマスコミの話題をさらった「ガングロ」である。彼女らは2000年頃に一旦は消滅したかに見えたが、2004年頃から類似したファッションの「マンバ」として復活、さらに近年は動物やピカチュウの着ぐるみに身を包んだ「着ぐるみん」も話題になった。勢いでは女性に押されているものの、茶髪や金髪で唇に白いリップを引いた「センターGUY」など、男性のファッションも独特だ。

こうした若者たちは、何を求めて渋谷センター街に集まるのか。少年補導委員を務め、身近に若者と接触してきた近藤さんは、こう推測する。「不登校になった子が渋谷センター街に来て、友達がたくさんできたという話を聞いたこともあります。自分の居場所を探して渋谷センター街に辿り着いた子も多いのでしょう」。

異質な存在を受け入れる懐の広さ

渋谷センター街入り口

渋谷センター街入り口の通行量は10時から22時までの12時間で11万人強(※)にも及んでいる。そのなかにあっては、特異なファッションで自己主張する若者は少数に過ぎないが、それでも居心地の良さを感じて集まるのは、渋谷センター街が異質な存在を受け容れる懐の広さを持つ証といえるかもしれない。そう考えると、さまざまな国籍の外国人が闊歩し、また外国料理のレストランが多いのも自然な成り行きに考えられてくる。そのような街の特質から、さまざまな人種や文化の坩堝が形成され、それが新しいカルチャーを生み出す原動力になっているのではないだろうか。

他の街からの来街者の多さも、渋谷センター街の特徴だ。1999年、スクランブル交差点前にオープンしたQFRONTのスターバックスコーヒーSHIBUYA TSUTAYA店は、同社の店舗の中では坪当たりの売上で世界最大規模を誇る。さらに1998年にはZARA渋谷店、2002年にリニューアルしたHMV渋谷、2003年にはCOACH渋谷店など、旗艦店やそれに準ずる大型店舗の出店が相次いだ。2006年には吉本興業の劇場であるヨシモト∞(無限大)ホールがオープンし、渋谷センター街に新たな色を付け加えたのも記憶に新しい。つねに激しい新陳代謝を繰り返す渋谷センター街から、次は何が生み出されるのだろうか。


※「東京都における繁華街利用者実態調査」(平成13年3月、東京都産業労働局調べ)より

渋谷センター街は一日中人通りが絶えない

近藤彰敏さん 1960(昭和35)年生まれ。祖父母の代から渋谷センター街に居を構える。現在、いずれも渋谷センター街で、ステーキ店「宇田川 敏」、レンタルスペース「middle」を経営している。