SHIBUYA BUNKA SPECIAL

ダンストリエンナーレ TOKYO 2006 〜コンテンポラリー・ダンスの基本の『き』〜

映画、舞台、音楽、デザイン・・・、今年の秋も文化創造の街・渋谷は芸術で彩られます。そこで渋谷文化プロジェクトでは、この秋に渋谷で行われる4つのイベント「東京国際映画祭」「ダンストリエンナーレ」「デザインタイド」「渋谷音楽祭」の中から、「ダンストリエンナーレ」と「渋谷音楽祭」の見どころを2回にわたって特集します。その第1回として今回は、「ダンストリエンナーレ」(10/22-11/19)をご紹介します。

参加ダンサー・ダンスカンパニー紹介

  どうせダンスなんか観ないんだろう?でも絶対に観ろ!〜乗越たかおさん

乗越たかおさんは、難解と言われるコンテンポラリー・ダンスを、独自の視点と行動力で、ビギナーにもわかりやすく、興味を引く切り口が評判の舞踊評論家。また自ら踊っていた経験もあり、好きな公演があればテロの危険も顧みず中東の地にも通い詰めてしまうほど、ダンスに深い愛情を捧げています。今回はそんな乗越さんにコンテンポラリー・ダンスの基礎知識と、自らも実行委員として名を連ね、10月22日から開催される「ダンストリエンナーレ TOKYO 2006 -BORDER-」について伺いました。

生身の日本人を伝えた「BUTOH」は世界的に注目

--コンテンポラリー・ダンスとは、どんな踊りですか?

コンテンポラリーは「現代」「同時代」の意味ですから、現代の舞踊、つまり現在における同時代のダンスの総称と考えて差し支えないです。すべての踊りやダンスのジャンルに属する人はコンテンポラリー・ダンスを名乗る資格があります。そして、コンテンポラリー・ダンスに興味を持ち始めた人が最初につまづくのがこの「定義」です。「コンテンポラリー・ダンスって、なんなの?」という問いに対する明確な答えは「バレエでもモダン・ダンスでもない何となく新しくオシャレでときにヘンなもの」。そもそもダンスと舞踊をジャンル分けすることだって難しいし、その必要性があるかどうかも疑問です。ラーメンの定義を聞かれて、「冷やし中華は?」「つけ麺は?」「ベビースターは?」と考えるうちに、結局「うまけりゃいいよ」になるのと同じで、その人にとって今を感じる舞踊であればコンテンポラリー・ダンス。だから定義などを深く考えずに「自分にとっておもしろいもの、心が震えるもの、今を感じさせるもの」との出会いを楽しめばいいと思います。

--コンテンポラリー・ダンスの歴史について教えてください。

20世紀初頭から既存のジャンルに括ることのできない、枠からはみ出たものは色々ありましたが、狭い意味でのコンテンポラリー・ダンスは1980年代初頭のフランスを中心にクラシック・バレエ以外の舞踊にも国の補助が出るようになって、フランス各地にできた国立の振付センターで若い才能が花咲き、「ヌーベル・ダンス(新しいダンス)」という大きな波がヨーロッパを中心に広がったことで、コンテンポラリー・ダンスも急速に普及しました。

--日本ではどのように普及したのですか?

日本は、戦後になって一気に押し寄せてきたアメリカ文化の影響で、「アメリカ人になりたい!」という憧れが、1970年代前半までは根強く残っていました。漫画やテレビのバレエティー番組でも金髪のかつらをかぶってゴーゴーを踊っていましたから、ダンスの世界でもバレエを含め「白人のように踊りたい」コンプレックスがあったのです。でも60年代になって「どう見ても俺達は日本人の身体なんだから、自分たちの持っている体を生かしたオリジナルの踊りをすればいいじゃないか」という一派が現れました。これが「舞踏(BUTOH)」で、日本の代表的なコンテンポラリー・ダンスとして、今でも世界中に注目されています。これ以降、ダンス=海外のものというトラウマから脱して、日本の若い表現者たちが、さまざまな手法を創り出しています。特に現在活躍している若いダンサーたちは、バブル時代に多数来日した海外の著名なダンサーの質の高い作品に触れて感銘を受け、そこからカンパニーを立ち上げていますから、クオリティの高い人が増えています。また逆に、日本の「BUTOH」に影響された外国の舞踏家も多数存在します。人種や国境(ボーダー)を越えた化学変化によって生まれる新しい作品を見逃さないためにも、僕はコンテンポラリー・ダンスから目が離せないんですよ。

ダンストリエンナーレに参加する「コンドルズ」

ダンストリエンナーレに参加する「コンドルズ」 ©HARU

肌に合わないのかも…と敬遠せず、どんどん作品を見て感じて欲しい

--ダンストリエンナーレでおすすめのアーティストは?

アメリカに取材で長く滞在していたとき、男性ダンサーが学生服姿で群舞する「コンドルズ」が、1公演で3000人以上も集客すると話すとダンス関係者は驚愕していたんです。「そんなにコンテンポラリーが盛んなのか?」って逆に質問されて困っちゃったりして。それぐらい人気の高い彼らの舞台は期待している人も多いのでは。また外国人アーティストでは最近フィンランドが国を挙げてダンスに力を注いでいるし、日本から遠く離れた国でなかなか見に行くチャンスがないので注目しています。また韓国もダンサーのレベルが高く、ストリートダンスのレベルは世界一といっても過言ではない状況ですから、どんなステージになるのか楽しみですね。その上、今回は「BORDER」という副題のとおり、1公演で日本人と外国人のアーティストを楽しめるようなプログラムになっていますし、コラボレーションもありますから、人種や性別、文化的相違、経済格差などのさまざまな「境界」を、アーティストたちがどのように表現していくのかが楽しみです。欲を言えば、25000円の通しチケットを買って、毎日通ってほしいぐらいです。「25000円って、高いなあ」と思うかもしれませんが、クラッシック・バレエやオペラの公演のS席1回分と同じくらいの金額で、10公演も観ることができるのですから、絶対お得ですよ。

--いい作品、悪い作品の見分け方はありますか?

人それぞれ違うから何とも言えないけど、コンテンポラリー・ダンスにも、いくつか方向性があります。カンパニーを組んで集団で群舞するもの、1人のダンサーが踊り続けるもの、ストーリー性のあるもの、コント的なもの、ユーモラスな動きをするもの、シリアスで悲壮感漂うものなど、それぞれのダンサーを観て、自分の好き嫌いを見つけたらいいのではないでしょうか? ここで大切にして欲しいのは「嫌い」と思わせる「エネルギー」。見ている人に「嫌いだ!」と思わせるには、それ相応のパワーが必要なはず。もしかするとそのパワーが、ある日「大好きだ!」に変わる時が来るかもしれないのです。だから、好きなものばかりを追いかけずに、強烈に「嫌いだ!」と思ったものは、別の機会に観てみるのもいいですよ。

--自分の好きな作品を見つけるポイントは?

コンテンポラリー・ダンスはアタリとハズレが大きい。つまり「ハイリスク・ハイリターン型アート」ですね(笑)。僕自身もたくさんの作品を観る中で、どうしようもなくつまらないものにも出会います。でも反対に、天才的な着眼点や、オリジナルの修練方法で磨き上げた体の動きなどに出会った時の衝撃は、言葉にできない感動です。人間はどうしても自分の内面を言語化して理解したくなりますが、言葉にできない感動も、理解できないほどのつまらなさも、無理に言葉にする必要はないと思います。そして言葉にできない自分を「コンテンポラリー・ダンスは肌に合わないのかも…」と責めないで、どんどん作品を見て感じて欲しい。その蓄積がいい作品と出会う「嗅覚」を育てるのです。

リスク少なめ、リターン大きめ、実力派揃いのダンストリエンナーレ

--コンテンポラリー・ダンスを見る前の予備知識は?

コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド

コンテンポラリー・ダンス
徹底ガイドHYPER

基本的に「予備知識なし」「お勉強なし」でいいと思います。あえて挙げるとすれば、自分の書いた本で恐縮ですが「コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド」と「コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER」は600以上の作品を実際に観た上で批評していますし、写真もたくさんありますから、ガイドブック的に使ってもらっても重宝すると思います。ダンスの雑誌では最近発刊した「D.D.D(ダンス・ダンス・ダンス)」が、今までにないほどダンスを広角で捉え、ハイセンスな造りで、個人的に注目しています。

--どんな方法でコンテンポラリー・ダンスと触れ合えるのでしょうか?

最近は若手発掘のためのコンテストやショーケース、フェスティバルなどが盛んに行われていますから、たくさんのアーティストが参加しているイベントで、作品を比較しながら「ああ、私はこの作品が好き」「これはちょっと無理…」などと自分の好みのダンスを探すのが、とても楽しいと思いますよ。また今回の「ダンストリエンナーレ」は、国内外の実力を認められたアーティストたちが一堂に会するため「リスク少なめ、リターン大きめ」だと思います。バブル崩壊以降、海外のコンテンポラリー・ダンスのアーティストを日本で観られる機会が激減しましたから、これだけたくさんの海外作品を観ることができるチャンスを逃さないで欲しいです。

■プロフィール
乗越たかお(のりこし・たかお) http://www.bea.hi-ho.ne.jp/norikoshi/
作家・ヤサぐれ舞踊評論家。1963年東京生まれ。ダンス、特にコンテンポラリー・ダンスに対する愛情と知識の深さは右に出る者がなく、代表的な著書『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド』『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)で紹介した600以上の国内外の作品はすべて観ており、週末のほとんどは舞踊鑑賞に費し、好きなアーティストの公演は海外でも観に行くという徹底したスタンス。他のダンス関連の著書に『ダンシング・オールライフ 中川三郎物語』『ドメイン 熊川哲也120日間のバトル』(ともに集英社)、『アリス ブロードウェイを魅了した天才ダンサー 川畑文子物語』(講談社)』など。共著に『鑑賞者のためのバレエガイド』(音楽之友社)、『ぴあ バレエ・ワンダーランド』(ぴあ。ともに監修守山実花)がある。戦前の大衆芸能、エンターテナーについての造詣も深くエノケン(榎本健一)生誕百年祭なども企画した。

ダンストリエンナーレ TOKYO 2006-BORDER-
ダンストリエンナーレ東京06 -BORDER- 10月22日より11月19日まで、青山円形劇場、青山劇場、スパイラルホールで開催されるコンテンポラリー・ダンスの祭典。世界9カ国から参加する注目のカンパニーやアーティストと日本国内で活躍する若手アーティストたちのコラボレーションもある。
会期: 2006年10月22日(日)〜11月19日(日)
会場: 青山劇場
青山円形劇場
スパイラルホール

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参加ダンサー・ダンスカンパニー紹介


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