SHIBUYA BUNKA SPECIAL

渋谷の街を舞台に、新しいものが生まれる過程を書きたい

音楽関連のショップやライブハウス、また映画館の充実ぶりに比べ、「渋谷は本屋が少ない」と感じる方は多いかもしれません。が、少し街を歩けば、ブックファーストをはじめとした大型店のほか、個性あふれる古書店やアートブックを扱うショップが次々に見つかります。そこで、NHK出版のホームページで『渋谷に里帰り』を連載中の作家・山本幸久さんと渋谷の本屋を巡りながら、山本さんの本との付き合い方や、作品についてのお話を伺いました。

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本屋は自分の興味を広げるための空間

--普段、本屋とは、どのような付き合いをしていますか。

本屋には、ほぼ毎日、執筆の合間などに足を運びますね。ネットで本は買わないんですよ。欲しい本が決まっているならネットで良いのかもしれませんが、僕の場合は本屋をブラブラと歩いて気になった本を買うことがほとんどですから。本屋ではある本を探している最中にも、視線の端っこに別の本が入ってきて興味が広がったりしますね。そういうことはネットでは起こりえない。僕はあまり自分のことを信じていなくて、自分で決めた本だけを読んでいたら、自分が構築したい世界をアウトプットできないと思うのです。だから本屋を歩き、いわば本屋に本を薦めてもらうような感じで、読みたい本を見つけています。

--いつも大量に本を購入しますか。

昔は気になったら片端から買っていましたが、最近は「こんなに買っても読めないか」と、かなり冷静になっているかな。それでも平積みの本の表紙を見て衝動買いすることも少なくありません。その日に買わなくても、別の日にまた同じ本を見つけたら、何かの縁だと思い、すぐに買いますね。僕の経験では、そのように感覚的に出会った場合、途中で放り出すほどつまらない本は滅多にありません。それから僕は和田誠さんのイラストが好きなので、和田さんが表紙を描いた本を見つけると反射的に買ってしまいます。それで星新一の講談社文庫はすべて揃えましたし、もちろん和田さん自身が著者である『お楽しみはこれからだ』も持っています。ほかにも、和田さんのおかげで、たくさんの作家に出会えました。それほどのファンだから、小説すばる新人賞を取った『笑う招き猫』が出版されるとき、妻が和田さんに「表紙を描いてください」と、手紙を送ったんですよ。後日、和田さんから自筆で「今回はスケジュール的に厳しい・・・」という丁寧な断りの返事が届いたのは嬉しかったですね。

本当は小説家ではなく、マンガ家を目指していた

--これまでは、どのような本を読まれてきたのでしょうか。

小学校のときからマンガ家を目指していたほどのマンガ好きで、小学校1年生から6年生までは『週刊少年ジャンプ』を欠かさず読んでいました。当時、『ブラックジャック』『マカロニほうれん荘』などで人気を博した『少年チャンピオン』も愛読していましたね。同時に小学生の頃から星新一や小松左京、筒井康隆、横溝正史など、SFやミステリーを中心に読み始め、中高生以降にどんどんジャンルが広がった感じです。特に好きな作家は、小林信彦や金井美恵子、カート・ヴォネガットなどでしょうか。最近、そうした作家の作品を読み返すと、「何だか自分の作品に似ているぞ」と思う箇所があって驚くことも。自分だけにしか分からないレベルですけどね。無意識的にものすごく影響を受けているのだと思います。

--山本さんが作家になるまでの経緯を教えてください。

中学2年生のときに、星新一が選考をしていたショートショートのコンテストに応募して入賞したことはありました。それを読んだ妻は「今とレベルが同じだね」なんて言っていましたよ。「まったく成長してないのかよ」と、ちょっと焦りました(笑)。でも、それきり小説は書かなかったんですね。大学卒業後は、建物の内装をする会社に入りましたが、一年半ほどで、あまりにも自分のやりたいこととかけ離れていることに気づいて(笑)。それで転職しようと新聞の求人欄を見たら、「マンガ誌編集者募集」という小さな求人が載っていて、「ここなら入れるんじゃないか」と思って応募しました。入社するや否や、いきなり「K社に出向だ」と言われて、15年ほど、そこでマンガ誌の編集をしていました。ですから、今のように自分が小説家になるとは全く考えていなかったのですが、そんなあるとき、童話を書いていた妻から「あなたも何か書いてみたら」と言われて、お笑いものの青春小説を書き、それを世田谷文学賞に応募したら、なんと三等を受賞したんですよ。それで勢いが出て、その翌年2003年、この作品を大幅に書き換えた『笑う招き猫』という作品で、小説すばる新人賞を取ることができました。

「Flying Books」店内

「Flying Books」店内

何かの終わりは何かの始まり。そんなテーマを描きたい

--『渋谷に里帰り』では、渋谷の街が詳細に描かれていますよね。

大学生の頃にNHKでバイトをしていて、よく渋谷に来ていたんですね。それから、主人公は渋谷駅近くの小学校の卒業生で、その小学校は廃校になったという設定ですが、実際に、会社にそういう境遇の後輩がいたんです。それを結び付けて書いていますが、最近の街の変化を調べるために、ちょくちょく渋谷を訪れたりもしています。街を歩いていると、いろいろなネタに出くわしますよ。この作品では主人公がお見合いをしますが、以前、喫茶店に入ったら隣の席でお見合いが行われていたことがありました(笑)。紹介人はいなくて二人だけでしたが、耳を澄ましていると「○○さんがぜひ、というから――」なんて話が聞こえてくる。女性が「こういうお見合いは始めてですか」と聞くと、男性は「いえ、三回目です」と生真面目に答えていたりするのがおかしくて(笑)。『渋谷に里帰り』でも日常に転がっている、ちょっとした面白さや違和感を盛り込んで、若者の姿をリアルに描き出したいと思っています。

--どんなテーマを持って書かれているのでしょうか。

渋谷の街も大きく変化していますよね。それに重ね合わせて、古いものがなくなって、新しいものが生まれる過程を書きたいと思っています。そういう構図では、「古いものは良かった」とノスタルジックに捉えられることが多いのですが、そうはしたくない。新しいものの中に何かを見つけられる展開にするつもりです。僕が編集をしていた頃、突然の雑誌の廃刊を、二回経験しました。それまでの生活の中心が急になくなると、大げさではなく、どう生きていいのか分からなくなる。でも、結局、何かの終わりは、何かの始まりなんですよね。実際、僕は、ちょうど小説を書き始めた頃に二度目の廃刊を経験し、結果的に小説家になりました。渋谷を舞台にした若者の日常や心情を通して、そんなテーマを感じ取ってもらえたら嬉しいですね。

■プロフィール
山本幸久(やまもと・ゆきひさ)さん
1966年東京都八王子市生まれ。中央大学卒業後、内装会社勤務を経て、K社のマンガ雑誌を編集する編集プロダクションに入社。2002年、初めて書いた小説『アカコとヒトミと』が世田谷文学賞で3席を受賞。その翌年、同作を大幅に書き直した『笑う招き猫』で小説すばる新人賞に輝き、小説家としてデビューした。現在も編集プロダクションに籍を置きつつ、作家活動を続けている。その他の作品に『男は敵、女はもっと敵』『幸福ロケット』『凸凹デイズ』などがある。

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渋谷に里帰り

三十歳独身の峰崎稔は、八王子で母とふたり暮らし。しかし母は急逝し、住んでいた一軒家を引き払い、渋谷に引っ越すことにした。渋谷は生まれてから小学六年生まで過ごした町。ただし、ここ十数年、足を踏み入れたことがない。歩いてみると、通っていた小学校は、すでに廃校。現在の渋谷の街と過去との結びつきが見えず、焦りすら感じる。渋谷の街の移り変わりとともに、主人公の若者の将来への漠然とした不安、恋愛、そしてものづくりへの希望…。現代に普通にいる若者を等身大に描く、青春小説。>>続きはこちら

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