BUNKA X PERSON

■インタビュー・現代は意図的に見えなくされていることが多い
・五感六感を通して、音楽やフードを楽しんでもらいたかった
・あまりにもマジメにエコを追求しすぎないことが必要だと思う
・カフェを始めてから出会う人の幅が格段に広がった

■プロフィール1954年吉祥寺生まれ。1980年に東芝EMIに入社し、1996年、ユニバーサル ミュージックに移る。その間、製作を手がけたアーティストは、YMOや忌野清志郎、高野寛、EGO-WRAPPIN'、鬼束ちひろなど。2005年独立、ナポレオンレコーズ取締役として鬼束ちひろのマネジメントを行う。それと並行してplants labelを設立。copa salvo、Bamboo Swing、Panorama Steel Orchetraなど、ワールドミュージック的な色彩のアーティストを数多く擁し、都内を中心にイベントも頻繁に開催。2005年には音楽レーベルという枠を超え、SUNDALAND CAFEをオープン。


ファーストフード業界の実態を赤裸々に暴いた映画『ファーストフード・ネイション』。原作は世界20か国で140万部を超えるベストセラーを記録したノンフィクション『ファーストフードが世界を食いつくす』著者のエリック・シュローサーが担当。ドキュメンタリーではなく、あくまでもエンターテインメント性を重視したドラマという手法で、食の安全や労働者の階層化などファーストフード業界に巣食う様々な問題に斬り込んでいます。この社会性の高い映画をご覧になったのは、オーガニックな素材にこだわるカフェ・SUNDALAND CAFEオーナーであり、インディペンデントレーベルのplants labelを主宰する熊谷陽さん。一見、対極に思えるファーストフードとオーガニックなカフェですが、それほど単純な図式ではないという興味深いお話を聞かせていただきました。
現代は意図的に見えなくされていることが多い

--まずは率直な感想をお聞かせください。

近年、食の安全性が問われる問題が相次いで発覚し、今もちょうど「毒入りギョーザ」の事件が騒がれていますから、実にタイムリーな作品ですね。ファーストフード業界の実態がメインテーマですが、酷い労働環境で酷使されるメキシコからの不法移民に光を当て、格差社会の拡大を訴えているのも興味深かった。とても他人事とは思えないんですよ。レコーディングなどでメキシコやキューバを訪れると、アメリカとの経済格差や複雑な対米感情を肌で感じますから。それに少し形は違うけど、同じような問題は日本にも見られますしね。労働力の安い中国から安価な製品がどんどん入ってくるけど、一般的な日本人と中国人の経済的な格差は歴然でしょう。アメリカ人の豊かさとメキシコ人の貧しさ。映画の中で描かれていた構図は、そのまま日本にも当てはまると思いました。

--作中で描かれていた複雑な問題の根本には何があるとお考えでしょうか。

つくづく難しいと思うのは、「たくさん問題があるな」と感じる一方、「じゃあ、お前は肉を食べないのか?」と言われたら困ってしまうこと。肉、大好きですから(笑)。現代は、色々なことが見えなくなっていますよね。魚くらいは自分でさばいても、牛はもちろん、鶏が処理されるのだって、普通に暮らしていたら目にしない。僕も含め、現代日本人の多くは、自分の食べる肉がどこで処理されているのかを知らないし、その場面を想像することもない。それが問題の根本にあるのではないでしょうか。

五感六感を通して、音楽やフードを楽しんでもらいたかった

--カフェの経営者という視点では、どのようにご覧になりましたか。

問題を抱える大手ハンバーガーチェーンが悪人の巣窟なのかというと、そうではない。主人公の一人のマーケティング部長は、なかなか思慮深く、良心的な人でしたよね。規模は全く異なりますが、僕も飲食店を経営しています。極力、生産者の顔のわかる食材を仕入れ、手作りにこだわっていますが、それだけの理屈でやっていけるとは思わない。経営には、企業としての効率性も必要です。効率性の対極にあるもの、これは表現が難しいのですが、仮に「手作り」としておきましょう。作中のハンバーガーチェーンは効率性100%ではないし、逆に僕らだって手作り100%ではない。要は、「どちらをより大切にしているか」ということだと思うんですね。明確な結論が出せる問題ではないからこそ、きっと考え続けなければいけないことなのでしょう。

--SUNDALAND CAFEをオープンしたきっかけをお話ください。

ずっと大手レコード会社で音楽を制作していましたが、音楽と飲食は根っこが同じだと思っています。イベントでは飲食の出店が雰囲気づくりの大きな要素を占めますし。ただ、どんな音楽でも、飲食と結びつくわけではない。とくに相性が良いのは、音楽的な完成度は必ずしも高くなくても、皆でワイワイと楽めるワールドミュージック的な色合いの強い音楽。1999年くらいからでしょうか、そんなジャンルへの関心が急に高まって、音楽制作の一環としてイベントやカフェをやりたいと思うようになりました。でも、大手レコード会社にいたら難しい。それで会社を辞め、2001年にインディペンデントレーベル「plants label」を設立、そして2005年にSUNDALAND CAFEをオープンしました。plants labelでは、恵比寿のLIQUIDROOMなどで定期的に「plants festival」を開催しています。カフェは、その延長のような空間。五感六感を通して、音楽やフード、アートをミックスした空間や時間を楽しんでもらいたいと思っています。

映画『ファーストフード・ネイション』より
©2006 RPC Coyote,Inc.

今回、熊谷さんに鑑賞していただいた作品
「ファーストフード・ネイション」
/

©2006 RPC Coyote,Inc.

架空の大手ハンバーガーチェーンの実態を、幹部社員、高校生アルバイト、そして劣悪な労働環境で酷使される不法移民という3者の視点からリアルに描き出す衝撃の社会派ドラマ。原作は世界20か国で140万部を超えるベストセラーを記録した『ファーストフードが世界を食いつくす』著者のエリック・シュローサーが担当。食の安全性や格差社会、不法移民など、ファーストフード業界が抱える様々な問題を世に訴え、2006年カンヌ国際映画祭でも賛否両論を巻き起こした。

上映場所:ユーロスペース(全国順次公開)
上映期間:2008年2月16日〜
上映時間:21:00〜(3月1日〜7日は18:40〜/21:00〜)

一覧へ