BUNKA X PERSON

■インタビュー・個性あふれる33の作品群。映画でのリアルの可能性、映像美の本質を感じた
・巨匠の考えに身を任せる。すると、楽しみが向こうからやってくる。
・再生への物語はもうたくさん。トラウマを遊び道具にする主人公を描きたかった。
・『ジャーマン+雨』に入り込んでください。「よし子」はあなたにどう映る?

■プロフィール横浜 聡子(よこはま・さとこ)
1978年、青森県生まれ。横浜市立大学卒業後、OL生活を経て、映画美学校に入学。当初は自主制作映画だった自身初の長編『ジャーマン+雨』が、日本映画監督協会新人賞を受賞する。同賞は第一回で大島渚が栄冠に輝いて以来、森田芳光や阪本順治、周防正行らが受賞し、人気映画監督への登竜門として位置づけられている。今後の活躍が期待される注目の若手監督。

再生への物語はもうたくさん。トラウマを遊び道具にする主人公を描きたかった。

--小さい頃はどんな子どもだったんですか?

人見知りが激しい子で、知らない人に声をかけられたら後ろに隠れちゃうようなタイプでした。中学、高校時代は多少活発になったにせよ、先頭を切って何かをやるわけでもなく、後ろの方でコソコソとしているのが好きでしたね。そんな感じの子どもでしたから、高校時代の友達からは「映画監督なんて、よくやれるね」とビックリされています。ただ、高校の頃は「自分が一番面白いことを考えているはずだ!」という勝手な思い込みはありまして。何かを残したというわけではないんですけど(笑)。それと、歌手になりたいとも思っていて、オーディションを受けたりもしていました。でも、オーディションを経て下積みを経てそれからやっとデビューなんて、そんな苦労をするつもりは毛頭なかったですね。話題のオーディションに一発で受かって、そのままスターダムに乗らなきゃと思っていました。まぁ、残念ながら書類選考で落ちてばっかりでしたけど(笑)。

--映画監督になろうと思ったきっかけは?

映画にシフトしていったのは上京後。先ほども言いましたが、学生になってから一人でふらりと映画館に行くようになり、当時住んでいた横浜の関内とか、渋谷で言えばユーロスペースにも足を運んでいたかな。ハリウッド大作とかではなく、ミニシアター系を好んで観ていましたね。好きが高じて、次第に映像に興味を持つようになり、就職活動で映像系の会社をいくつか受けたんですが、どこも引っかからず。結局、あるアミューズメント会社に入社しました。でも、映画への思いがますます強くなって、一年で会社を退職し、映画美学校に入学したんです。で、卒業制作で作った初監督作品が『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』。いくつかの映画祭に応募したんですが、運良く大阪の「第2回CO2(シネアスト・オーガニゼーション・大阪エキシビション)」で、最優秀賞に輝きまして。そこでの助成金をベースに作ったのが、今回の『ジャーマン+雨』です。最初は単なる自主制作映画でしたが、CO2の選考にリトルモアの人がいたので、この作品も観てもらって、それで配給が決まったんです。それにしても、よく通っていたユーロスペースで、まさか自分の作品が上映されるとは・・・。公開決定の知らせを聞いたときは感激しましたね。

--『ジャーマン+雨』はどのようにして生まれたのでしょうか?

この映画を作る前にいろいろと自主制作映画を観たのですが、トラウマに傷ついた内向的な主人公が、再生するまでの生き様を描くような作品が多かったんです。ホント、あまりにも同じようなパターンばかりで…。私が改めて映画を撮るなら、そこを打破しようと決心して、それで、トラウマを遊び道具にする主人公“よし子”が生まれました。スクリーンの中のよし子は思い付くままに行動していますが、トラウマによって他人を否定しませんし、トラウマに立ち向かったりもしません。ただ、自分の周りに起こることと向き合い、じっとしているだけ。それによって、内面の再生とかではなくて、もっと外に向っていく映画にしたかったんですよね。ちなみに、歌手になって一発当てるとか、よし子には私自身の願望を投影していて。よく、よし子は私の分身なのかとも聞かれますが、その意味では確かに分身ですね。ただ、これまでに出会った人たちのエッセンスを詰め込んでいるので、結局は私の理想像のような感じなのかもしれません。

『ジャーマン+雨』に入り込んでください。「よし子」はあなたにどう映る?

--先日、日本映画監督協会新人賞を受賞されましたが、ご感想は?

『ジャーマン+雨』より

日本映画監督協会という組織があるのは知っていたのですが、今回新人賞を受賞するまでは、まったくと言っていいほど関わりがありませんでした。『ジャーマン+雨』が候補に上がっていることさえ知りませんでしたから、受賞の知らせを聞いたときは驚きましたね。監督協会の新人賞は現役の監督さんたちが選ぶ賞なんです。そういう意味では感激も大きかったですね。後日、審査していただいた監督さんたちに、『ジャーマン+雨』のどこを気に入ってくれたのか聞いてみたのですが、よし子が今までの映画にいなかったキャラクターであり、自分が好きなことを何の縛りもなく実行して、自立している点が評価されたそうです。

--今後の活動のご予定は?

次回作が、来年の公開予定です。今はまさにシナリオを修正しているところ。もうじきロケハンやオーディションをして撮影が開始されるんですが、今まで作った2本とは比べものにならないくらいの予算がついたので、表現の幅も広がればと思っています。内容についてはまだお話できる段階ではありませんが…。ただ、商業主義に流されがちな日本の映画界に一石を投じる作品にしたいと考えています。次回作を通して、映画にはいろんな種類があり、メジャー作品以外にもいろんな映画を観る選択肢があることを、多くの人に再認識してもらえれば、と。また、7月26日から1週間、ユーロスペースにて『ジャーマン+雨』がアンコール上映されます。『それぞれのシネマ』はどんどん自分に入ってくる「開かれた映画」と言いましたが、この作品は、逆に 「開かれていない」映画かもしれません。観る側は映画に身を任せるのではなくて、映画の中にどんどん入り込んできてほしいですね。よし子の姿を通して、いろいろ考えるきっかけにしていただければ嬉しいです。

渋谷に対するイメージは?青森に住んでいた頃、先に上京していた6歳上の兄が、帰省するたびに東京についてたくさんの情報を田舎に持ち帰ってくれました。そんな兄に感化されてか、東京に行けば面白いことがあるのだろうと、憧れを抱くように。自分が上京したときは本当にうれしくて、大学が始まる前から毎日のように都心へと繰り出していました。当時は横浜の金沢八景在住で、東京方面に行くのにはよく東横線を利用していましたから、自然と渋谷に足を伸ばす機会が多かったですね。人がたくさんいて、大きな建物が密集している様子から、街にものすごいパワーが渦巻いているのを感じました。それと、当時はなんだか小汚いイメージもありましたよね。街がゴチャゴチャしていたというか。センター街あたりは、一人じゃ怖くて歩けないような雰囲気なのに、一方で、あちこちに派手に着飾った女子高生が平然と歩いていたりして。いろんなものがゴチャゴチャと交じり合っているところが渋谷の魅力じゃないかな。

最近の渋谷の印象は?渋谷で映画を撮るとするならば、やっぱりゴチャゴチャとした感じを出したいのですが、最近の渋谷は10数年前とはガラリと変わって、かなり洗練された街に生まれ変わったような気がします。まぁ、個人的にはちょっと「つまんねーな」 (笑)。あんまり街がスッキリとしているので、もはやネズミの居場所もなくなったのではと心配しちゃいます。もっとゴチャゴチャな渋谷に戻ってほしいですが、それでも渋谷は魅力的な街であることは、今も昔も変わりがありません。若い人がたくさん集まっているから、まだまだ街全体に強烈なパワーが渦巻いていると感じますし。なんだかんだ文句はつけますが、私自身、渋谷が好きなんだろうなと思います。

■横浜さんが日本映画監督協会新人賞を受賞した作品
「ジャーマン+雨」(アンコール上映「90年代以降の映画監督たち。そして『ジャーマン+雨』より」)

『ジャーマン+雨』

横浜聡子監督の長編デビュー作。不細工で性悪、わがままの主人公よし子が、同級生や近所の小学生、ドイツ人の植木職人を巻き込みながら、誰もが抱えるトラウマを笑いながら吹き飛ばすドタバタ劇を繰り広げる。たて笛やぼっとん便所の回収車など、懐かしくも恥ずかしいアイテムが多数登場。荒唐無稽なストーリーに秘められた狙いは何か? これからが期待される日本映画界の旗手の1人として、横浜監督が注目を浴びるきっかけとなった作品。
上映場所:ユーロスペース
上映期間:2008年7月26日〜8月1日

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