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いよいよ8月8日から北京オリンピックが開幕する。開会式は、国家体育場(愛称「鳥の巣」)で午後8時8分(日本時間21:08)から始まる予定だ。

©2008 by T&C Film AG. All rights reserved.

今回のオリンピックに向けて新たに建設された「鳥の巣」は、2002年末からのコンペで勝ち抜いたジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンが設計したもの。
北京オリンピックへ向けて、スイスの建築家である2人が、オリンピックの後も北京で機能し続けるモニュメントを…、という方針で挑んだ「鳥の巣」。8月2日からユーロスペースで公開されている『鳥の巣−北京のヘルツォーク&ド・ムーロン』は、今回の「鳥の巣」が、コンペに選ばれてから実際に建築物として出来上がるまでを描いたドキュメンタリーである。建築家2人のヨーロッパ的な「常識」と、縁起を重んじる中国国民の「世論」が何度もぶつかり合う様子が印象的な本作。全く異なる2つの文化圏が、実際にどんどんと完成していく「鳥の巣」を前に、お互いに妥協しながら徐々に関係を縮めていくやり取りが、スリリングで面白い。

©LAUREL FILMS/DREAM FACTORY/ROSEM FILMS/FANTASY PICTURES 2006

また、この「鳥の巣」から約8キロ南下すると、天安門広場にたどり着く。「天安門」は、人民英雄紀念碑、毛主席紀念堂、人民大会堂、中国国家博物館を含む世界最大の広場で、1954年の整備以来、国家行事や歴史の大事の舞台となってきた。特に1989年に発生した「天安門事件」は、天安門に結集して民主化を求めた学生のデモ隊が、当時国家の権力を握っていた共産党指導部の「人民解放軍」による武力弾圧を受けた事件として知られている。この事件での死者数は、300人とも1万人とも言われ、当時の民主化を訴えた市民の多くは逮捕され、多数の学生、知識人が亡命した。シアター・イメージフォーラムでは、中国では現在でもタブー視されているこの「天安門事件」を、学生サイドから取り扱った中国の映画史上初の作品『天安門、恋人たち』が公開中だ。中国国内での上映は政府から禁止措置を受けている本作。学生と政府との思想上の対立が武力行使へと発展した「学生運動」が盛んだった1960年代、ちょうど同じ時期に東京オリンピックも開催されていることを思い出せば、日本との類似点は少なくない。

さて、同じくイメージフォーラムにて、7月12日からレイトショーにて公開されている『いま ここにある風景』は、カナダ人写真家エドワード・バーティンスキーが三峡ダムや上海を撮影する様子を捉えていくドキュメンタリーである。三峡ダムは、洪水抑制・電力供給・水運改善を主目的として中国・長江中流域の三峡に建設が進められているコンクリートダムの名称。このダムの建設は、経済開放以来、急速な変化を遂げた大国・中国を象徴する一大事業である。この山峡ダムに沈む街を、その街に生まれ育ちながらもダムの工事現場で働く人々を通して描いた『長江哀歌』も傑作だったが、今回の作品は、山峡ダムの抱える産業発展のひずみを、圧倒的に広大な「汚染された」ランドスケープを通して伝える。しかし、この作品が秀逸なのは、産業VS自然という一面的な問題提起にとどまらないという点、つまりその汚染されたランドスケープが、圧倒的に「美しい」という点にこそある。広大にひろがる産業廃棄物の山、真っ赤に染まった河の水面を前に、ただただ僕らは戦慄することしか出来ない。

 

最後に、同じくイメージフォーラム(イメージフォーラムの見事なセレクションといったら!)にて、8月23日から『小さな赤い花』が上映される。この作品は、北京の全寮制の幼稚園に通う4歳の子どもの視点から、画一的な教育体制のあり方を問う。もちろん、子どもたちの個性にどれだけ親密に関わっていくかという問題は、中国のみならず日本の教育の悩みでもあるだろう。その他、中国伝統武術であるカンフーの魅力を広く伝える『カンフー・パンダ』『カンフー・ダンク!』、宗時代の中国に始まった効き茶競技「闘茶」の技・美しさ・精神性を伝える『闘茶』、皇帝時代の中国を舞台に、西洋的な視点からアジアの大国・中国のオリエンタリズムを伝える『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』など、渋谷でも中国の思想・歴史・風景・伝統を伝える映画が本当にたくさん上映中である。オリンピックに沸き立つ北京を、もっと深くもっと広く知れば、きっとひと味違った観戦が体験できるに違いない。

©EDWARD BURTYNSKY

●文化で読み解く

2008年/スイス、フランス/88分/配給:ユーロスペース/©2008 by T&C Film AG. All rights reserved.

タイトル:
鳥の巣−北京のヘルツォーク&ド・ムーロン
上映場所:
ユーロスペース
上映期間:
2008年8月2日〜
10:00/12:00/21:15
監  督:
クリストフ・シャウプ、ミヒャエル・シントヘルム
出  演:
ジャック・ヘルツォーク、ピエール・ド・ムーロン、アイ・ウェイウェイ

独特なフォルムで中国人たちから“鳥の巣”という愛称を与えられた建築物が、全容を現すまでをつぶさにとらえたこのドキュメンタリーは、世界各国で独創的な建築を成功させてきた二人の建築家の創造過程を明らかにしてゆく。

●現代史で読み解く

2006年/中国・フランス/140分/配給:タゲレオ出版/© LAUREL FILMS/DREAM FACTORY/ROSEM FILMS/FANTASY PICTURES 2006

タイトル:
天安門、恋人たち
上映場所:
シアター・イメージフォーラム
上映期間:
2008年7月26日〜
11:00/13:50/16:40/19:30
監  督:
ロウ・イエ
出  演:
ハオ・レイ、グオ・シャオドン、フー・リン、チャン・シャンミン、ツアン・メイホイツ、ツゥイ・リン、パイ・シューヨン

監督は、チャン・ユアンやワン・シャオシュアイらと共に中国映画第6世代の旗手と言われるロウ・イエ。自らも北京の学生として天安門事件に参加した経験を持つ監督は、自分たちの体験をありのままに表現すべく、事件直後からこの映画の構想を暖め続けていた。監督は、当局の過敏な反応に対しては「自分の映画で政治を扱ったつもりはない」と話す。しかし、本作には事件を昇華するのにその後の人生の多くの時間を費やした、この世代特有の「そこでしかあり得なかった」経験をリアリティを持って描き出している。

●風景で読み解く

2006年/カナダ/87分/配給:カフェグルーヴ、ムヴィオラ/©EDWARD BURTYNSKY

タイトル:
いま ここにある風景
上映場所:
シアター・イメージフォーラム
上映期間:
2008年7月12日〜
21:10
監  督:
ジェニファー・バイチウォル
出  演:
エドワード・バーティンスキー

国際的なカナダ人写真家エドワード・バーティンスキー。彼は20年来、人類の発展、すなわち産業によって極端なまでの変化を強いられた風景の広域写真を世界中で撮り続けている。その写真は、異様さ、残酷さをたたえながらも、その圧倒的な美しさで見る人を否応なしに魅了する。映画『いまここにある風景』は彼が中国を訪れ、産業発展がこの国にあたえた巨大な影響を写真におさめる姿を記録したドキュメンタリーである。

●教育で読み解く

2006年/中国・イタリア/92分/配給・宣伝:アルシネテラン

タイトル:
小さな赤い花
上映場所:
シアター・イメージフォーラム
上映期間:
2008年8月23日〜
11:20/13:40/16:00/18:30
監  督:
チャン・ユアン
出  演:
ドゥン・ボウェン、二ン・ユアンユアン、チン・マンヤン、シャオ・ルイ、リ・シャオフェン

4才の少年チアンが預けられた、北京にある全寮制の幼稚園。そこは「みんな同じであること」が賞賛される社会だった。最初は周りに迎合する努力をする彼だったが、次第に園内の教育方針に疑問を抱き、勇敢に一人で反抗的な行動に出る。しかし、校長先生の提案で次第に孤立していくチアン。早く大人になりたい、そうすれば自由になれるからと信じるチアンが、逃げ出した幼稚園の外で見たものは……。


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