レコメンド 今週、編集室が推薦するカルチャー

3月の始めに、オーチャードホールでリン・ファイミン率いるクラウド・ゲイト・ダンスシアター公演「WHITE ホワイト」が上演されて好評を博した。台湾生まれのリン・ファイミンは、“アジアの比類なき巨匠”と評され、世界の批評家たちのみならず、地元台湾人にも愛される人物。ダンサーたちは、公演にあたって、モダンダンス、バレエはもちろん、太極導引、瞑想、武術、書道などの技術の習得が求められるという。西洋の舞踏に、東洋的な表現を組み込んだ生き生きとしたダンスは、彼らが歩んできた歴史的な背景を踏まえた独自の身体表現と言えるかもしれない。
台湾は、古くは16世紀オランダやスペインに領地化された大航海時代から、日清戦争後は日本に、ベトナム戦争中はアメリカにと、他国の権力争いに長く巻き込まれ続けてきた地域。この複雑な干渉の過程で、台湾文化は、中国を始め日本・アメリカといった他国の影響を強く受けてきた。
現在も中国統一派と台湾独立派との間で政治的にも激しく揺れる台湾。その一方で、これまでの台湾史を経てこそ生まれたといえる、多くの影響をミックスした台湾独自のカルチャーが勃興している。今回は、渋谷で紹介されている2つのイベントをピックアップしながら、そんな台湾の歴史的、文化的アイデンティティを探ってみたい。

©WILLzCHEN

ユーロスペースで上映中の『雨が舞う 〜金瓜石 残照〜』は、1987年に閉山した金鉱「金瓜石」の歴史を探るドキュメンタリーだ。
1930年代の台湾は、日清戦争に勝利した日本の植民地だった時代。「金瓜石」もまた、日本人が開発を進めた金鉱の街で、日本鉱業などによって管理され、一時は東洋一の生産量で栄華を誇った。しかし太平洋戦争が始まると、人々は兵隊にとられ、人手不足となった金瓜石には捕虜収容所が設置。日本鉱業の管理のもと、捕虜には危険な業務が強いられたという。そして1945年、敗戦と共に日本は台湾を去り、中華民国の政府下の管理を経て「金瓜石」は1987年に閉山。
本作では、金鉱「金瓜石」を舞台として、この時代、この地域に住んだ日本人と台湾人が、それぞれの立場から当時の暮らしに思いを馳せる。電化された住宅と、豊富な物資に恵まれた日本人とは対称的に、台湾人の1人は「差別され貧しかった」と。それでも当時を「懐かしい」と話す彼らの言葉の奥に、複雑な思いが見えてくる。

かつてのトロッコ道を歩く、元鉱員の2人©クリエイティブ21

タイトル:
雨が舞う 〜金瓜石 残照〜
上映場所:
ユーロスペース
上映期間:
2009年3月28日〜2009年4月10日
10:00
※毎週土日は9:45よりトークショーを行います。
監  督:
林雅行


日本時代に製錬所としてつくられた13階層の産業遺跡©クリエイティブ21

廖修平 《廟》 1976年 シルクスクリーン

松濤美術館では、4月7日から、日本植民地時代に生まれ、台湾国民政府による知識人への弾圧の時代に国外に逃れて西洋美術を学んだ2人の台湾人作家、リョウ・シュウヘイとコウ・ミンケンの展覧会「台湾の心、台湾の情」が開催される。
現代版画家リョウは、台湾の大学を卒業後、1962年から東京、パリ、ニューヨークへと渡るなかで、本格的に西洋の現代版画を習得した。「台湾現代版画の父」と呼ばれる彼の作品は台湾の生活用品をモチーフにするなど、ものに宿る東洋的、台湾的な精神を追求している。さらに作家活動のほか、筑波大学で版画研究室創設(1977年)に尽力したのを始め、米国、台湾でも現代版画技法の指導にあたっている。
また、風景画家コウは、台湾の大学を卒業後、スペイン、米国へと渡る。西洋の美学、表現技法を学びながら、素描・水彩の技法を伝統的水墨画の中に取り入れることで、新たな水墨画の道を切り開いた。日本、米国、中国で個展を開くなど海外に活躍の場を広げる一方、国立台湾芸術学院、台湾師範大学など台湾の後進育成にも情熱を傾ける。台湾の原風景を土台に特色ある各地の風景、建築をモチーフとして描かれる彼の作品には、台湾の風土が刻まれているようだ。
両氏の作品が時代を追って並べられる本展。戦後「台湾人」としてのアイデンティティが問われ、オリジナリティを見出すに至った台湾カルチャーの萌芽を発見したい。

江明賢 《士林の蒋介石邸》1998年

タイトル:
台湾の心、台湾の情 廖修平、江明賢二人展
開催場所:
渋谷区立松濤美術館
開催期間:
2009年4月7日〜2009年5月17日
9:00〜17:00
※毎週金曜は19:00まで。
※入館は閉館の30分前まで。
※休館日は、4/13、20、27、30、5/7、11
※会期中、一部作品の陳列替が行われます。ご注意ください。
前期:2009年4月7日(火)〜26日(日)
後期:2009年4月28日(火)〜5月17日(日)

江明賢 《台南の関帝廟》 1999年


一覧へ