レコメンド 今週、編集室が推薦するカルチャー

最近ある映像を見て、ふっと「アーティスト」と「職業作家」の違いを考えさせられることがあった。映像は広島の魚屋を追ったドキュメンタリーで、青年が父親の後を継いで魚屋になり、遠くに出歩けない老人たちに車で魚を売るという話。予算、テーマなどに制約の多い25分のTV番組だ。しかしそういった多くの制約を飛び越えて最後に私の印象に残ったのは、怖くて魚が触れない今風の青年と、彼からの魚を心待ちにする腰の曲がった老人たちのコントラスト。若者がUターンで地元に帰って働くというあり方に、既存のイメージとはひと味違う魅力を伝えたいという、名前も知らないディレクターの意図が伝わってきた。これまで私は映画でも展覧会でも「作品鑑賞」する時は作者名で選んできた。だが、アーティストの柔軟な「作品」作りと、職業作家たちの不自由な「モノ」作りに乗せる「思い」の違いってなんだろうか。

今回は、渋谷で開催中の展覧会の中から、さまざまな制約を受けながらも、キラリと輝く作品を生み出す職業作家たちを取り上げた2つの企画展をピックアップ。写真家とプレスカメラマン、画家とイラストレーター、それぞれの違いを思い浮かべながら、「モノ作り」の奥深さを感じてみたい。

船山克 後楽園夜景 1955年

東京都写真美術館では、7月5日まで、戦前〜戦後にかけて活躍した報道カメラマンに迫る企画展「プレス・カメラマン・ストーリー」を開催している。
報道写真は「芸術写真」と異なり、文章での説明文とともに「情報を伝え、記録すること」が任務。紹介されているのは、朝日新聞社に所属した花形報道カメラマンの5人。
在学中は芸術写真誌「光画」にも登場した写真家の大束元さんは、1934年に朝日新聞社に入社。無個性なニュース写真を撮りながら、1937年から中国大陸を中心に取材・撮影を敢行し、新聞紙上で「写真と文」をひとりで担当するという新しいスタイルを確立。58年には出版写真部長に就任した。また、1945年に入社した船山克さんは、筋金入りの根性で危険な仕事に次々と挑戦。高さ312メートルの「東洋一の鉄塔」に登って撮影した写真などが話題を呼び、大束さんらとともに自主性を持ったスタッフ・カメラマンとして時代をリードしていった。船山さんの活躍で、朝日には出版写真部を志望する若者が殺到したという。
同館では、彼らを含む5人のプレスカメラマン、スクープとなったそれぞれの代表作をはじめ、資料を含む216点を展示。一堂に並んだ写真からは、「情報を伝える」という本来の目的だけでは片付かない、カメラマンたちそれぞれの「個性」が見えてくる。

大束元 題不詳(女子プロレス) 1960年代頃

タイトル:
プレス・カメラマン・ストーリー
上演場所:
東京都写真美術館
上演期間:
2009年5月16日〜2009年7月5日
10:00〜18:00
※木・金は20:00まで
※入館は閉館30分前まで
※月曜休館日(ただし月曜が祝日または振替休日の場合、その翌日)
出品作家:
影山光洋、大束元、吉岡専造、
船山克、秋元啓一 ほか

引退を表明した鳩山首相を画面中央で捉えながらも、次期政権を争う政治家たちにピントを合わせた作品。

作家の瞬時の判断と技量がうかがえる。   吉岡専造 鳩山退場 「現代の感情」より 1956年

佐々木悟郎 作 「ジャック・ケルアックのたばこ」

たばこと塩の博物館では、6月6日から、たばこやコーヒーなど嗜好品をモチーフにしたイラスト展「イラストレーター170人が描く"わたしの句読点"」を開催する。
「図解」や「挿絵」を起源とするイラストレーションは、グラフィックデザインと共に発達し、雑誌や商品パッケージ、絵本などで、言葉や写真だけでは伝わりにくい情報を表現している。同展は、「東京イラストレーターズ・ソサエティ」と「たばこと塩の博物館」の共同企画で、テーマとなったのは、「酒、たばこ、コーヒー・お茶」をモチーフに、日常生活での「ひといき」の情景を描くこと。
新聞小説の挿絵などで知られる佐々木悟郎さんは、NYのグリニッジ・ヴィレッジを背景にたばこを吸う男の姿を描いた「ジャック・ケルアックのたばこ」を出品。また、花くまゆうさくさんは、「工員の一服」と題して、花くまマンガの登場人物を思わせるアフロ姿の作業員が工場の隣で寝そべってたばこをくわえる様子を描いた。
その他、会場には安西水丸さん、宇野亜喜良さん、和田誠さんなど、170人のイラストレーターによる作品が一堂に集結。テーマが決められているからこそ、それぞれのイラストレーターの解釈や描写スタイルから溢れる多様な個性が改めて伝わってくる。

安西水丸 作 「A Day in The Life」

タイトル:
特別展 イラストレーター170人が描く「わたしの句読点」
上映場所:
たばこと塩の博物館
上映時間:
2009年6月6日〜2009年7月5日
10:00〜18:00
※入館は17:30まで
※月曜休館



花くまゆうさく 作 「工員の一服」


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