
「渋谷ヒカリエからシブヤを考える」をテーマとして全2回にわたり、渋谷好きのゲストパネリストと共にトークを展開する「渋谷文化茶会 其ノ四」。前回の「女子会」では、飲食やショッピング、ミュージカルなどのコンテンツ面を中心に「渋谷ヒカリエ」の魅力を深掘りし、時に笑いがこぼれる楽しい雰囲気の中でガールズトークをお届けしました。後半戦となった今回は、渋谷と縁の深い男性パネリスト3名を迎えして、「渋谷ヒカリエ」の存在感や建築、アート、渋谷の街との連携などハード面を主軸に男性目線でトークディスカッションを繰り広げました。さて、渋谷との付き合いが長いゲストパネリストの3名は、「渋谷ヒカリエ」や「渋谷の街」をどのように捉え評価しているのでしょうか。
パネリスト

日比野克彦さん
(アーティスト)
復興支援活動「HEART MARK VIEWING」を立ち上げ、人と人を繋ぐ試みを行う。

山口昌彦さん
(「散歩の達人」編集長)
世田谷・池尻生まれ。現在3匹の犬と暮らし、毎日犬と共に散歩に勤しむ。

渡辺祐さん
(エディター/ライター)
自称「街の陽気な編集者」。カルチャー全般を中心に落語、食、酒など守備範囲は幅広い。

コーディネーター/司会
西 樹(シブヤ経済新聞編集長)
ニュースサイト「みんなの経済新聞ネットワ−ク」を形成し、現在国内外69エリアで展開中。
- 「渋谷文化茶会 其ノ四−男祭り」開催概要
- 日時:
- 2012年2月22日(水) 19:30〜21:00
- 会場:
- セルリアンタワー能楽堂
- 参加者:
- 120人
>>「渋谷文化茶会 其ノ四」 〜渋谷ヒカリエからシブヤを考える、女子会

「東急文化会館」の解体が進む渋谷駅東口の風景(2004年頃)
西:渋谷文化茶会、其ノ四にお越しいただきまして、ありがとうございます。私、進行を務めさせていただきます、「シブヤ経済新聞」編集長、西と申します。
西:最近、渋谷を歩いていて、やっぱり一番気になるのは駅前の「渋谷ヒカリエ」です。東急文化会館の閉館後、更地になって非常に寂しい思いをしていたんですが、その後、ニョキニョキとビルが上のほうに伸び、今では渋谷駅の西側にいても、東側にいても、青山にいても、どこからからでも渋谷ヒカリエが見えます。開業を待つこのタイミングは、想像を掻き立てられて心がときめく時期ではないかと思います。今回は「男祭り」です。前回が「女子会」ですから、本来は「男子会」となるはずなのですが、今日のパネリストのメンバーを改めて見た時に「男子」と呼んでいいのかなという、微妙な空気がありまして(笑)。いい意味で格上げした言い方で「男祭り」となりました。男性目線で渋谷ヒカリエと、これから渋谷の未来のことをお話していきたいと思います。
西:参加パネリストに皆さん、よろしくお願いします。
参加パネリスト(全員):お願いします。
西:我々だけだと、なかなか推察の域を出ないので「教えて! わかる人」として、本日は東急電鉄の関係者3名にお越しいただきました。僕らが分らなくなったら、いろいろ聞きながらヒカリエの全貌を解き明かしていきたいと思っております。

渋谷駅がどんどん恵比寿方面に広がり、文化圏を拡大している。
西:僕も渋谷の街をうろうろして十年以上になるんですが、まずは最近の「渋谷の印象」について、みなさんに聞いてみたいと思います。日比野さんは最近の渋谷をどういうふうに捉えていらっしゃいますか。

日比野:僕の事務所は渋谷三丁目の金王神社と場外馬券場の間にあって、駅から事務所に帰るときは、ヒカリエを経由して渋谷警察署前を通ります。ヒカリエは建設のスピードがすごかったね。あっという間にという感じで。
西:すごかったですね。
日比野:今はヒカリエという新しい建物にあの空間が圧倒的に支配され、かつてプラネタリウムがあった東急文化会館の思い出や昔の風景をどんどん忘れていくという感覚を味わっています。だから最近の渋谷の印象と言うと、まさに「渋谷ヒカリエ」。
西:そうですね。
日比野:東側から見ていると、渋谷駅のターミナルがどんどん恵比寿方面に広がりながら、文化圏を拡大しているように感じます。「ハチ公だけじゃねえぞ」「こっち側へ来いよ」っていう一番の起爆剤がヒカリエ、という印象です。
良くも悪くも上品になってきていると感じます。
西:日々、リアルに感じられる場所ですよね。山口さんはいかがでしょうか。

山口:街が日々変わってきてることに加え、(街が)膨張している感じがしますよね。(前は)歩いていると、辺りがちょっと寂しくなって次の街に入っていく感覚でしたが、今はいつの間にか隣の街にいるという印象。渋谷の街がぶわーっと広がって膨張しているように感じます。
西:その膨張感は、どのぐらい前から感じていらっしゃいます?
山口:10年前位でしょうか。だんだん強くなってきたと思っています。
西:渋谷にいる人という面ではどうですか。
山口:良くも悪くも上品になってきていると感じます。昔は「渋谷系」とか「ガングロ」とか、「チーマー」でもいいんですけど、なにか渋谷から生まれるものがあったじゃないですか。最近そういうのを聞かないので、ちょっと寂しいですね。
格好いいカルチャーを持っているっていうフィジカルは、弱くなっている。
西:(渡辺)祐さんも渋谷に事務所を構えていらっしゃいますよね。
渡辺:公園通り側に事務所を構えているので、センター街、公園通り辺りを中心とした様変わりが気になりますね。中心ではHMVがForever21になったりと、若い人向けのお店がどんどんできています。その周辺を桜丘、百軒店(ひゃっけんだな)、円山町界隈など大人が行けるゾーンが取り囲んでいる印象です。
西:なるほど。

渡辺:渋谷が割と上品になっているというお話がありましたが、一部下世話なところもあるじゃないでしょうか。百軒店の入り口に風俗案内場があったりとかね。今はまだわさわさした所ときれいになっていく所が混在している印象です。僕はそのほうがいいと思っているので、そういう意味では渋谷はまだまだ面白いなと思っています。
西:若者の最近のパワー、エネルギーはどういうふうに見ていますか。
渡辺:文化的なものを発信しようというエネルギー自体は変わっていないのかもしれないんですが、やっぱり電脳化してきているところがあるので。
西:電脳化?
渡辺:渋谷にいる人間がみんな格好いいカルチャーを持っているっていうフィジカルな見え方は、弱くなっている気はしますよね。
西:ですよね。若者軸で見ると、ややパワーが落ちつつあるのかなという言葉が多かったのですが、渋谷ヒカリエが2カ月後に誕生し一体どう変わっていくのでしょうか。

積木が積み重なったような外観から、複合施設であることが一目瞭然。
西:「男祭り」の目線としては、建物などハード面も気になるところです。設計をされたのは日建設計の吉野繁さん。「日本科学未来館」や「東京スカイツリー」も、吉野さんの作品だそうです。先ほど日比野さんから建物の話がありましたが、渋谷ヒカリエの建物の印象はどんな感じですか。
日比野:今日は、吉野さんは来ているんですか?
西:いや、今日はいらっしゃらないです。でも、ユーストリームでご覧になっているかも。
日比野:見てる、見てないは関係なしに…悪くないと思いますよ。
西:(笑)

日比野:世界の建築家って、必ずテーマを持っているじゃないですか。例えば個人事務所を構えている隈研吾さんの方向と、安藤(忠雄)さんの方向、磯崎(新)さんの方向はそれぞれ違う。吉野さんは企業の中にいらっしゃるので、きっとクライアントの要望を取り入れてきちんと全体のバランスを取ってやっていくことが求められますよね。でも、やっぱりデザイナーとしての個性は出したいというところもあったり。ヒカリエにはオフィス、劇場、クリエイティブスペース「8/(はち)」、商業施設と、幾つかの要素が入っていますよね。いろんなものが複合していることが、積木が積み重なったような外観から一目瞭然で分る。「いつの間に!」というぐらいほんとにどん、どん、どんと積み重なったなという印象で、外観に3つ4つぐらいの表情があるのかな。デザイン的にも悪くはないと思います。いいと思いますよ。
全員:(笑)
日比野:浅草寺前の隈さんの建物とか、京都駅の景観とか、街のランドマークになる建物はいつも最初の一歩で必ず攻撃されるものですが、そう考えるとヒカリエは誰も、何も反対していないでしょう。
西:無いですね。
日比野:渋谷の街の建物で、今までかつて「この建物はなんだ!」と言われた建物ってありますか?
渡辺:あんまり聞かないですね。
日比野:「109」だって無いしね。
渡辺:そうですね。我々がちょっと入りづらいというだけで。それはコンテンツの問題ですからね。
後ろ姿はボリューム感があってメカゴジラっぽい。

西:山口さんにも伺ってみたいんですが。
山口:僕はひねりが無いんですけど、普通にでっかいと。
日比野:容積感があるね。
山口:ガーンという感じです。駅方向から見る感じはパースからの想像どおりだったんですけど、驚いたのは裏側。宮益坂に沿って、斜面がだんだんついているような感じで、ボリューム感があってメカゴジラっぽい。僕は後ろ姿にやられましたね。
日比野:後ろ姿は、まだちゃんと見てないな。
グッゲンハイム美術館みたいな、レゴブロックを出せばいいのに

西:今まで表しか出てこなかったですからね。祐さんは?
渡辺:直線的な部分、曲線的な部分と、いろんなパーツが組み合わさっている感じはありますよね。ブロックではめ込んだような印象なので、LEGO(レゴブロック)を出せばいいのにと思います。グッゲンハイム美術館とか、ライト氏のシリーズみたいに、渋谷ヒカリエのレゴがあればいいですね。
日比野:いま、渋谷駅と横につながる連絡通路を造ってますよね。横には銀座線が走っているし、なんか組み上げて、突っ込んで、差し込んでみたいな…。吉野さんもそういうコンセプトで造ったのかもね。
西:レゴであの一体を造るような試みがあったら、ちょっと楽しいですね。
渡辺:そうですよね。


東急文化会館のDNAを引き継ぎ、「中心には劇場を」という思いで
西:それから僕が気になっているのが、中空に浮かぶあの大劇場。建物の途中に巨大なシアターがあって、その上にオフィスが乗ってる構造って、不思議な感じがします。

約2000席規模のミュージカルホール「東急シアターオーブ」
伊集院(教えて!分かる人):渋谷には昔から劇場が多いですよね。渋谷公会堂から始まり、東急文化会館の上にもプラネタリウムがありました。そういうDNAを引き継ぐものとして「中心には劇場を」という思いがあって、東急シアターオーブが出来ました。劇場は11階から16階までを占めていて、舞台が13階、入口が11階にあります。舞台の間口が約20m、奥行きが16m。その間には(舞台転換などに使う)バトンが60本渡してあり、1本のバトンで1トンの物を吊ることができます。オーチャードホールのバトンは大体700キロぐらいなので、1トンはすごいんです。それが分速で120m、1秒に約2mのスピードでアップダウンします。
西:早いですね。
伊集院(教えて!分かる人):海外にはもっと早いものもありますが、国内では最速です。(照明用の)ブリッジも可動式で、自由にセットを組めるのが特徴ですね。それから膨らみのある音を作るため、壁面には音をあちこちに跳ね返えす凸凹をつけています。また(音響面では)最初は残響がないほうがいいのかなと思っていたんですが、最近の建築学会では残響があった方がPAもいい音がすると言われていて、響きを持たせるようにしました。例えば、中野サンプラザは残響がほとんど0(ゼロ)なんですが、そうすると逆にお客さまの反応も自分の声も聞こえない状況になってしまうんです。
西:ここの残響は、何秒ですか。
伊集院(教えて!分かる人):まだ工事の最中なので最終的には計ってないんですが、1.6秒から1.7秒ぐらいの計算で造っています。

西:心地いい長さなんですか?
伊集院(教えて!分かる人):ちょうどいいと思います。残響が多すぎますと、お風呂場でしゃべっているようになっちゃうものですから。
西:最初の質問に戻りますが、劇場空間が浮いている構造はいかがですか?(モニターを見ながら)これが断面図ですね。
伊集院(教えて!分かる人):昔の新宿コマ劇場やシアターアプルなどでは、大きい音を出すとそれが鉄柱を介してほかのフロアへも伝わってしまっていました。オーブの構造は、例えば、(私たちがいる)この能楽堂空間を鉄骨の上に乗せるときに、(間に)ゴムを挟んでいるような状態です。音が鉄骨を通じて上下のフロアで響かないように、完全に「浮き床構造」にしています。
西:この箱(会場)全体がゴムの上に乗っている?
伊集院(教えて!分かる人):そうですね。
西:それは非常に不思議ですね。
伊集院(教えて!分かる人):あともう一つの特徴はラウンド天井です。11階の入り口から16階のロビーまでが吹き抜けになっているので、11階の声が上まで聴こえます。
西:それは下から見ると、丸くなって見えるところですね。
伊集院(教えて!分かる人):(その丸みは東急文化会館の上にあった)プラネタリウムへのオマージュになっています。
バトンだけばーっと動かす「バトンショー」をやったら(笑)
西:(渡辺)祐さんどうですか、これは。
渡辺:面白いですね。劇場って非日常というか、入場時の劇場の空気や興奮が結構大事だったりしますよね。最近は公民館や市の建物でも頑張っているところが多いんですが、どうしても造りが一律な印象があります。そういう意味で、(シアターオーブは)すごく個性を出そうとしているなと。あと残響の秒数がそんなに細かく決められていることに驚きました。特に(中野)サンプラザが0(ゼロ)だというのには、相当びっくりしましたけど。
西:すごいですね。
渡辺:(サンプラザでよくライブをしている山下)達郎さんに伝えなきゃみたいな、気持ちになりました。もちろん、達郎さんはそういうことは知ってると思いますけどね(笑)。ちょっと初耳だったので、すごく面白かったです。

日比野:秒速2mのバトンというのもすごいね。
渡辺:すごいですよね。
日比野:それが60本あるんでしょ。それだけで何かショーができるね。
渡辺:1トンずつ吊れるということは、60トンぐらいのものが同時に動かせるということですからね。
日比野:ほんとに予算が無くって何か見せたいとき、バトンだけばーっと動かす「バトンショー」をやったら、それで2、3日は観られるよ。
全員:(笑)
西:あとはシアターの階まで、重い物を持ち上げられると聞きましたが。
伊集院(教えて!分かる人):そうですね。ミュージカル公演では、アメリカからセット類が大きいコンテナ5台ぐらいでやって来ます。大体11トン車10台分ぐらいなんですが、それを舞台のある13階まで上げなきゃいけない。そのためシアターオーブでは、間口8m、奥行き3m、高さ4m50センチのエレベーターを造っていただきました。
日比野:それは、劇場専用ということですよね。

渋谷ヒカリエ関係者である「教えて!分かる人」3名が登壇
伊集院(教えて!分かる人):はい、13階の舞台まで約2分で到着します。この前ちょっと乗せていただきましたが、全然音がせず静かでしたね。「あ、着いちゃったの」という感じで。
日比野:トラックごと入れるの?
伊集院(教えて!分かる人):トラックごと入れられればいいんですが、立地の条件がありまして。1階で降ろしてエレベーターに積み替えます。ただ11トントラックの荷台をそのまま乗せられる大きさはあります。
日比野:このエレベーターも、何か使えそうだよね(笑)。
渡辺:そこに食いつきますね。
日比野:そうそう、ちょっとバックヤード的なところが気になって。だってこんなに大きなものが、ぐわーっと動いてるわけでしょ。
山口:今のエレベーターはすごいですね。この間、プレスの内覧で東京スカイツリーに昇らせてもらったんですけど。
日比野:あ、昇ったの。
山口:それがまた速いんですよ。後ろにタイヤが付いていて、ワイヤーで吊っているんじゃなくてレールを走っていくんですよ。それもすごかったけど、こっちもすごい。
西:さすが男祭りですね。
渡辺:とりあえず、大道具でぱんぱんになってる、エレベーターが見てみたいですね。

「東急シアターオーブ」断面図。劇場全体がゴムの上に乗っているような「浮き床構造」であるため、振動に強く、防音効果にも優れている。