SHIBUYA BUNKA SPECIAL

映写技師というシゴト

決して表には出ないけれども、映画館には欠かせない仕事が「映写技師」。あまり知られていない映写技師の業務内容や、仕事にまつわる喜びや苦労を、名画座・シネマヴェーラ渋谷で作品を上映するベテラン映写技師の小川芳正さんに聞きました。

1. NO MOVIE, NO LIFE ! 〜映画の街・渋谷を支える才能たち〜

2. 映画監督&映画配給というシゴト

4. 映画館スタッフというシゴト

  手をかけた分だけ結果に反映される仕事

--映写技師になったきっかけは?

映画が好きで、制作現場に入りたいと、大学を卒業後、短編映画の制作進行に携わったりしていました。そんなある日、大学の先輩だった人から、池袋の文芸坐(現在の新文芸坐)で映写技師の人手が足りないからやってみないかと、声をかけられたんです。それまでは職業として考えていたものではなかったんですが、始めてみると、手をかけた分だけ結果に反映される仕事だと分かった。逆に言えば、手を抜いたり、そんな気は無くてもちょっと気が緩んでしまうと、すぐミスにつながるんですね。そこに面白さとやり甲斐を感じて、文芸坐で4年半ほど続け、その後、映画配給会社に勤めたり、現像所でも働きましたが、再びシネマヴェーラ渋谷で映写技師をするようになりました。

--映画は、どのように上映しているのでしょうか。

1巻のフィルムは、長くても20分ほど。1本で6〜7巻、1巻が10分位の短いものは、10巻以上になるものもあります。以前は2台の映写機を使い、巻ごとや、2〜3巻をつないでフィルムを切り替えるスタイルでしたが、今では事前に全巻のフィルムをつないで、一台の映写機で上映できるようになりました。上映中は翌日以降の、先の上映作品のフィルムをつないだり、上映が終了した作品を元に戻す作業があります。映写技術もオートマチック化が進んでいますが、技師の腕に左右されるポイントはたくさんあります。たとえば、ピント調整は基本中の基本ですが、冒頭のシーンではピントが分かりづらいものもありますし、近年使われているレーザー字幕では、シネマスコープ・サイズで画面下に出るときなど、画面の中心と字幕のピントが両方きちんとは出ない、ということがあります。HDCAMなど、ビデオ素材をフィルムに焼き付けたプリントも、ピントはなかなか難しい。その場合、どの程度のところで決めていくか、何度も繰り返し探りながら、手と目で確認していく必要があります。大体いいかな、ではなく、この作品をこの劇場でかける時は、ここがベストだろう、というポイントを見つける作業は、とても重要だと思います。また、つなぎ方でも、テープの張り合わせ方で、そこを通過するときの画面の揺れをなるべく抑えるように工夫したり、もちろん、つなぎ間違いの個所がないか、補修跡の多いプリントは事前チェックも大切です。音量設定や、古い作品でノイズのひどい場合のミキサー処理の仕方なども、作品のベスト・ポイントを探す作業として、時間をかけて行う必要があると思います。しかし、さらに重要なのは、万一ミスやトラブルが起きてしまった時、いかに早く、最良の方法でそれをカバーしていくか、ということかもしれません。お客さんはお金を払って観に来ているのですから、フィルムの性能を最大限に引き出して、気持ちよく映画そのものを堪能し、満足して帰ってもらいたい。映写技師の最低限の努めとして、いつもそう心がけています。

「映画に関わっていたい」という気持ちに支えられている

--名画座のシネマヴェーラ渋谷ならではの難しさはありますか。

シネマヴェーラ渋谷では、16ミリや35ミリ、また時にはサイレント作品など、扱うフィルムの種類が多いほか、何十年も前のフィルムを上映することがあるので、その都度、状態に応じて臨機応変さが求められますね。今のフィルムは薄くて丈夫なポリエステル製が主流ですが、昔はアセテート・ベースといって若干厚く、切れやすい材料が使われていました。何度も上映するうちにフィルムに亀裂が入ることがあって、最悪、上映中に切れて上映が中断してしまうこともありますから、古いフィルムを使うときは念入りにチェックして専用のテープで補修します。ただ、補修にも限界があって、渋谷実監督の特集で使ったフィルムは状態がかなり悪く、上映中に10数回も切れてしまったことも。何とか補修したと思ったのですが、1回上映した後、また亀裂が増えてしまったんですね。その時映写に入ってくれていた映写技師が、何とか最後まで上映してくれましたが、さすがに次回以降は使えず、別の作品に差し替える事態となりました。そのことがあって以降、なるべく状態が悪いおそれのある作品は、配給会社にお願いして、事前チェックを早めにさせていただくようにしています。

--最近はデジタル作品も増えていますよね。

シネマヴェーラ渋谷でも古いフィルムをデジタル化した作品(DVD、デジタルベーカムなど)、またオリジナルがビデオ素材の作品などを上映することは少なくありません。元がフィルムの作品の場合は、デジタル化された映像はフィルムと比べてしまうとまだまだ情報量が少ないということもあり、どうしても肌理の粗さ、残像など、気になってしまうところがありますが、今の状況ではこの形でしか見られない、というものを、大きなスクリーンで見ていただくのは、意義のあることではないかと思います。デジタル素材、ビデオについては、プロジェクターで投影して上映するわけですが、色味についてはいろいろ機械的に調整が可能なので、作品ごとにこれもベストなところを探します。たとえば黒い光は存在しませんから、ビデオでは擬似的に黒を表現していて、どうしても若干白っぽいというか、本当の黒にはならない。光を当てないことで黒を表現するフィルムとは、黒の深さが全然違うんですね。そのため、デジタル作品を上映する時には、事前にモニターの映りとも比較しながら、細かくチェックして全体のバランスを見たり、明暗・色味などを調整しています。

--映写技師になるには、どうしたらいいのでしょうか。

時々、映画館でアルバイトを募集していることがありますよね。なかには、自分から「映写技師になりたい」と映画館にかけあって、技師になった人もいるようです。映写技師になるのに、実は特別な技術は要求されません。可燃性のフィルムを扱っていた時代は免許制で、さまざまな危険とも隣り合わせでしたし、それを回避する技術や、光源の扱いなども難しいものだったようですが、今はその点の心配はありません。フィルムをかけること自体はさほど難しくないので、1〜2週間もあれば覚えられると思います。ただ、日々ルーティーンにならず、1回1回の上映に対し、常にチェックし、「ノーミス」でいけるよう、気を配る姿勢を持ち続けられるかが重要だと思います。また、上映中に起こりうるさまざまなトラブルへの対処法は、その都度、現場で学ぶしかありません。仕事としてはとても地味だし、たしかにたくさんの映画は観られますが、仕事上は細切れにしか見られないですし、シートに座って観るようにのんびりはできない。「とにかく映画が好きで、映画に関わっていたい」「一番いい状態でその映画を送り出したい」という気持ちが支えてくれる仕事だと思いますね。

シネマヴェーラ渋谷は、2007年6月30日(土)・7月1日(日)の二日間、「Short Shorts Film Festival & Asia 2007」のサテライト会場となっている。

小川芳正さん

小川芳正さん1967年生まれ。大学卒業後、映画の制作進行などに携わった後、知人の誘いで池袋の文芸坐(現在の新文芸坐)の映写技師に。その後、映画配給会社(アルシネテラン、ビターズ・エンド)、現像所(育映社)に勤め、2006年1月のシネマヴェーラ渋谷のオープンと同時に同館の映写技師となる。



小川さんの「これまでに印象に残った3作品」
『乱れ雲』(成瀬巳喜男監督)
自分の夫を自動車事故で轢き殺した男性と、未亡人の女性との間に禁断の愛が芽生えるという話。ずっと拒絶していた女性が男性を受け入れる瞬間に雨が降り出すなど、感情の機微が作品全体で表現されているのが見事。人間の感情の危うさや恐ろしさを感じさせてくれた作品でもありました。

『緑の光線』(エリック・ロメール監督)
皆がバカンスを楽しむなか、一人退屈する女性が海辺の駅で物静かな男性と出会います。そして映画の最後で、夕日が沈む瞬間に見えるといわれている緑の光線を二人で見る。その光線を見ると幸せになれるという言い伝えがあるんですね。実際に緑の光線を映しているのがすごい。クセのある女性の描写も繊細で生々しく、面白かったですね。

『カリフォルニア・ドールズ』(ロバート・アルドリッチ監督)
アクション映画の名匠アルドリッチ監督が女子プロレスを描いた作品。主人公であるタッグの女性レスラーと、変わり者のマネージャーが巡業する様子を愉快に描いています。八百長などトラブルに巻き込まれる中、それらを乗り越えていく一つひとつのできごとが抜群に面白く、人物描写は細かく、プロレスの技も非常にリアル。実は残念ながら映画館では見逃していて、何とかスクリーンで見たい作品です。

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