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2001年の渋谷駅新南口開設を機に就労人口が大幅に増加し、ビジネス街へと変貌する渋三・東エリア。恵比寿、青山や代官山を結ぶ起点としての地の利も見直され、個性的な飲食店やカフェが増殖するなど、渋谷歩きの楽しみをぐっと広げている。中世に渋谷一族の居城があったと言われるこの地の歴史の面影を辿るとともに、いま注目されるオーガニックカルチャーの新しい動きにも迫る。渋谷の歴史発祥の地に残る往時の面影

歩道橋より渋三・東エリアを望む

JR渋谷駅の東口を出て国道246号に架かる大きな歩道橋を渡り、渋谷警察署の方面へ。渋谷警察署の奥に位置する、明治通り、国道246号、八幡通りに囲まれた三角形のゾーンが渋谷三丁目だ。さらに八幡通りの向こうに広がる東(ひがし)を合わせた一帯を、「渋三・東エリア」と捉えて散策すると、渋谷の意外な一面が顔を見せる。昼夜を問わずに喧騒の絶えない渋谷にあって、この街の原点ともいえる場所が昼間でも静寂を保っているのは、何とも対照的で面白い。1092年、この地を治める河崎基家により創建されたと伝えられる金王八幡宮がその場所だ。河崎氏は後に渋谷氏に改姓し、それが渋谷の地名の由来になったといわれている。もっとも、もともと存在した渋谷という地名から姓を取ったという説もあり、はっきりしたことは今も分からないが、渋谷一族が渋谷の草創期と深いかかわりがあるのは間違いなさそうだ。

かつて渋谷八幡宮と呼ばれた金王八幡宮

かつて「渋谷城」のあった場所

「渋谷城」という城があったといっても、にわかには信じない人の方が多いかもしれない。金王八幡宮を中心とする一帯には、渋谷一族による城郭や居館が建ち並んでおり、現在の渋谷警察署の辺りはお堀だったというから驚きだ。金王八幡宮の境内には砦に用いられたという石が現存し、わずかにその名残を留めている。当初は渋谷八幡宮という名称だったが、一族の中で最も世に知られている渋谷金王丸を顕彰し、金王八幡宮と改められた。今の若い世代には聞き覚えがないかもしれないが、かつては「渋谷といえば金王丸」と言われるほど知られた時代もあった。1141年に生を受けた金王丸は、源頼朝の挙兵に参戦して活躍。頼朝の死後は出家して土佐坊昌俊と名乗り、頼朝の霊を弔う生活を送った。金王丸に関する記述は鎌倉時代に成立した『平治物語』をはじめ数多くの書物に見られ、後世にはその勇姿が浄瑠璃や歌舞伎などで演じられている。

一時は隆盛した渋谷一族だが、1524年、激戦の末に破れて渋谷城は焼き払われ、北条氏の支配下に入ったと伝えられる。だが、その後も金王八幡宮は信仰の対象とされ続け、二代将軍徳川秀忠の頃、世継ぎは家光ではなく、その弟の忠長にするという風説が流れた。そのため、家光の乳母の春日局らは家康に直訴するとともに、金王八幡宮に祈願。その結果、後継者には家光が選ばれ、春日局らは感謝の気持ちを込めて金王八幡宮の社殿を造営したという。現存する社殿はその時に建てられたものだ。数度の修理は経ているものの、今も江戸初期の様式をよく残している。

歴史の息吹を受けて生まれつつある新しい個性

大鳥居前の交差点

金王八幡宮の境内を出て大鳥居をくぐると、八幡通りに突きあたる。この通りは中世には軍用道路として整備され、坂を下れば遠く鎌倉まで通じていたことから鎌倉道と称されていた。今では比較的交通量の多い道路となっているが、当時の道幅は現在の半分ほどだったそうだ。大鳥居近くの交差点に、この地域の移り変わりを見続けてきた木造建築の店舗がある。大正初期に創業され、90年近くの歴史を持つ魚屋の「魚玉」だ。創業者の娘である大津みつこさんは、今年で86歳。かつての八幡通りの光景を知る数少ない一人だ。「私が子どもの頃は石畳が敷き詰められており、時おり、馬車が行き交っていましたよ。通りの向こう側(東一丁目)は原っぱで畑も広がっていましたし、渋谷川では魚を取って遊んだものですが、今の光景からは想像も付かないでしょうね」。第二次大戦中、渋谷区は空襲により大部分の地域が焼失するほどの被害を受けた。疎開していたみつこさんらは、戦後、すべてが灰になっているのを覚悟して帰省したが、幸いにも金王八幡宮周辺のわずかな地域だけが被災から免れていたそうだ。以来、「魚玉」は区画整理による若干の移動を除き、現在の場所で営業を続けている。

周辺の街を結ぶ起点として注目

鎌倉道と呼ばれた八幡通り

渋三・東エリアを歩いていると、環境に配慮したカフェや隠れ家的なセレクトショップもちらほらと目にする。明治通りからは広尾や恵比寿へ、八幡通りからは代官山や青山へと通じるように、申し分ない地の利を求め、このエリアに注目が集まりつつあるのは街として自然な流れといえる。街が活気付いている背景には、1998年の明治通り拡幅工事の完了や、2001年のJR渋谷駅新南口の開設などもあるようだ。近年はビジネスエリアとしての性格も帯びつつあり、2000年には紀伊国屋書店本社が東三丁目へ、また2003年にはオフィスビル「渋谷ガーデンフロント」のオープンに伴い、IT関連企業のトランスコスモス本社が渋谷三丁目へと移転している。こうした就労人口の大幅な増加により飲食店やスーパーマーケットなどが充実し、街に人が回遊するという好循環が生まれている。

東急東横線と東京メトロ副都心線が直通運転を開始し、渋谷〜代官山間の路線が地下鉄化される2012年は、このエリアにとっても大きな転換機となることは間違いない。渋谷駅から見ると、国道246号と明治通りに隔たれているため、長らく、商業的には静けさを保っていた渋三・東エリア。それが今、恵比寿や広尾、代官山、青山など、周辺の魅力的な街を結ぶ起点として改めて注目され、新しい個性を育みつつある。

※参考文献
『渋谷区史跡散歩』佐藤昇著(学生社)
『図説渋谷区史』渋谷区区政70周年記念事業準備会編(渋谷区発行)
『伝説のつわもの 渋谷金王丸』白根記念渋谷区郷土博物館・文学館編(白根記念渋谷区郷土博物館・文学館発行)

春になると区の指定天然記念物に指定されている金王桜が鮮やか

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魚玉:大正初期から金王八幡宮の大鳥居脇、八幡通り沿いで営業を続ける老舗の魚屋。各種惣菜のほか、刺身定食や焼き魚定食など、厳選された新鮮なお魚を使ったお弁当も人気がある。

住所:渋谷区渋谷3-2-4 TEL:03-3400-4584
営業時間:10:30〜19:30(お弁当は10:30〜15:00頃)※日曜・祝日定休

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