BUNKA X PERSON

映画「プラハ!」×梶原初映さん(チェコ総合情報誌CUKR[ツックル]編集長)

チェコ国民が背負う苦い過去、1968年の“プラハの春”事件をテーマに、悲しみを内に秘めつつ青春の輝きを描いた「プラハ!」。美しいプラハの街並を舞台に繰り広げられる、女子高生テレザの恋の行方は…? 今回は4月29日より、Q-AXシネマで公開を予定しているレトロでスタイリッシュなチェコデザインが新鮮なこの作品を、チェコ総合情報誌「CUKR[ツックル]」の編集長であり、渋谷でチェコ語を教えている梶原初映さんに見ていただき、その感想やチェコという国の文化について語っていただきました。
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苦しみの中でも楽しさを見つけるチェコ人気質

--「プラハ!」を見た感想を教えてください。

映画自体は明るくて楽しくて、青春の一ページという感じ。見ていて微笑ましいところが印象に残って、とても気に入りました。こういう、ミュージカル仕立てでダンスシーンがちりばめられた映画は、チェコでは珍しいと思います。
実写の映画でいうと、10年ほど前に話題になった「コーリャ 愛のプラハ」のような、ドラマ的なヒューマニズム的作品が多く紹介されています。「プラハ!」のフィリプ・レンチ監督は、チェコでは有名な監督ですが、彼の今までの作風ともまた違う。レトロフィルムのような撮り方も、手作り感のあるセットも、アメリカン・グラフィティのような雰囲気も、あえて古めかしい雰囲気を出す効果を狙っているのでしょうね。それがかえって新鮮で、新しいタイプの作品といえる気がします。チェコ語のアメリカン・ポップスや、主役のテレザをはじめとした女の子たちのキュートなファッションも楽しいですね。実際、チェコでも人気を博したようで、かなり長い間、街のあちこちにポスターが貼られていました。

--この映画でも“プラハの春”(※)が描かれています。チェコ映画の大きなテーマなのでしょうか。


※「プラハの春」=1968年の春から夏にかけて、チェコスロバキアで起こった改革運動。社会主義体制下に押し進められた自由化制作により、自由を求めるチェコスロバキアに危機感を抱いたワルシャワ条約機構軍の介入により、弾圧を受ける。

チェコの人々にとって“プラハの春”は、とてもつらく悲しい歴史だと思います。「まだ歴史になどなっていない」というほど生々しい最近の記憶で、現代の若者も、親や祖父、祖母から当時の話を聞いているだろうと思います。世界的にも大きなニュースでしたから映画のテーマになることも多いのですが、その歴史を深刻に描きたがるのは、実はフランスやイギリスなどの西欧を意識した視点なんです。
そのなかで、チェコの監督は、過酷といわれる歴史の中で、実際はどうやって生きてきたか、笑ってきたかという視点で描くことが多い。政治的なテーマをシニカルな目線でとらえて、あえてユーモラスに表現するというのがチェコで制作される映画の傾向といえると思います。

--「プラハ!」でも、ソ連によるワルシャワ条約機構軍の侵攻が描かれていますね。

「プラハ!」では、テレザの父がラジオを聴いているシーンがありますが、チェコの放送は共産党に内容をチェックされてしまうので、アメリカからの自由な内容の放送を傍受しているんですよね。一般の市民でも、共産主義体制に違和感を抱いていることが見てとれます。そして、チェコの人々にとっては「ある日突然」、プラハの春の侵攻が始まるわけです。 そんな忍び寄る政治的な不安の中でも、楽しみを見つけ、青春を謳歌するチェコの若者たちが生き生きと描かれているのが、この作品の魅力だと思います。どんな状況にあっても、毎日の中に生きる望みを見つけるのがチェコの人々。日本に暗いニュースがあふれている今、日本人が「プラハ!」を見ることに、意味があるのではないでしょうか。

映画「プラハ!」より

職人肌、キュビズム、アニメ…チェコの新旧カルチャーとは

--映画から見てとれる「チェコらしさ」とは?

若い男女が隠れ家でパーティをするシーンで、手作りの凝った飾り付けがされているのを見て、「そういえばチェコの人ってこういうこと、する!」と思いました。チェコ人って、実用的なものを本当に手作りするんです。家や車まで自分で作ってしまうんですよ(笑)。何かを作るときは、どれだけ時間がかかろうといつも真剣なんです。

それから、テレザが郊外からプラハにある学校に通う電車の中で、車掌さんに道中を見守られているというのもチェコらしい風景です。いまも、こうした人情味あふれる、昔の日本のような人と人とのふれ合いがありますね。

そして街の風景では、チェコの建築様式が見られます。チェコでは20世紀初頭に、イタリア、フランスのキュビズムに影響を受けた建築デザインが流行したんです。わざと斜めに傾いていたり、角を強調したりといった、他にはない建築物が、今もたくさん残っているんですよ。

--チェコといえばアニメが有名ですが、チェコの若い人たちが注目しているカルチャーは?

ポケモンなど日本のアニメも見られますが、ズデニェク・ミレルが生んだキャラクター「クルテク」など、国民的人気のキャラクターは、昔から変わっていないですね。共産主義の時代から、職人的にこだわって作品を作るチェコ人の気質は変わっていないと同時に、若い芸術家が育つために必要なお金をどう持ってくるかということが課題になっているという話を聞きます。そのせいか、新しい作品が世に出にくくなっているといえるかもしれません。

プラハの街はちょうど渋谷から原宿ぐらいの規模に似ていると思うのですが、ここ10年ぐらいでずいぶん変わってきている気がします。渋谷ほどショップの種類は多くありませんが、カジノができたり、外資系のデパートが進出してきたり…。貧富の差が広がってきていることを感じます。若い人たちの中では、チャンスがあれば国外に出たいと考える人が多くなっているようです。「プラハ!」に登場する女の子たちはとてもオシャレですが、実際はいろいろですよ(笑)。でも、女性がきれいなことは確かですね。「フランス女性は化粧で美しくなるが、チェコの女性は寝起きのままで美しい」という喩えがあるほどです。

しばらくは、公私ともに、チェコにどっぷりです(笑)

--梶原さんがチェコに興味を持ったきっかけとは?

実は中学生の頃、イワン・レンドルというチェコ人のテニスプレーヤーを好きになったのがきっかけなんです。それから、コンタクトレンズを発明した人がチェコ人だと知ったり、作曲家のドボルザークや心理学者のフロイトなど、次々とチェコにまつわる人や物を発見していき、興味が深まっていきました。大学ではチェコ語専攻を選び、卒業後は当時日本にあったチェコの航空会社でアルバイトを始めました。その後、編集の技術を身に着けるため出版社で働いていたのですが、チェコの情報を載せたサイトを立ち上げたところ、チェコつながりのネットワークが広がっていって……。チェコというテーマだけで本を出そうということになり、2005年3月に「CUKR[ツックル]」を創刊したんです。

4号ぐらい出せたらいいと思って始めたのですが、置いてくれる店が増えたり、思いのほか読者さんからも反響があり、気づけば1年以上経っていました。今は「CUKR[ツックル]」の発行が生活の大部分になっています。

--これからはどんなことに取り組みたいですか?

ここ数年で、チェコに興味を持つ人が増えてきていることを感じます。実際、3年ほど前にトヨタがチェコに工場を作ったことで、チェコに住む日本人も増えていますし、もともとチェコという国やチェコのアニメが好きな人もいます。私たちが雑誌を広められたことで、心強さを感じてもらえているようで、それが私の支えにもなっています。

チェコには日本と違った観点や文化があります。日本にいるとき日々が退屈だったり、嫌なことがあったときなどに、チェコに触れて、リフレッシュしたりヒントを得たりしてもらえたらうれしいですね。そのために、今後もできるだけ多くの地域に「CUKR [ツックル]」をお届けして、違う世界を楽しんでいただきたいと思っています。また、チェコ語の教材など、チェコの言語や文化をわかりやすく伝える出版物の制作に取りかかりたいですね。

しばらくは、公私ともにチェコにどっぷりといった感じです(笑)。

INFORMATION
絵本「幸せな王子」 「プラハ!」
監督:フィリプ・レンチ
出演:スザナ・ノリソヴァー、ヤン・レーヴァイ、ヤロミール・ノセク 他
2001年/チェコ/110分/配給:アンプラグド

■ストーリー舞台は1968年夏のチェコスロヴァキア。“プラハの春”を謳歌していたのどかな時代。女子高生テレザ、ブギナ、ユルチャは高校卒業を控え、燃えるような恋とロストバージンに憧れている。その頃、社会主義体制に反対し、アメリカ亡命を夢見る若い兵士シモン、ボブ、エイモンが軍を脱走し町へ逃げてくる。偶然出会ったテレザは、一目でシモンと恋に…
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梶原さんにとっての渋谷とは? チェコに温かい街だと感じています。パルコPART1やブックファーストなど、「CUKR[ツックル]」を販売してくれている書店が多いんですよね。有り難いことです。それに、私は毎週このチェコセレクトショップ「ano」でチェコ語教室をもたせていただいていますし、私自身も渋谷のマークシティ辺りでチェコ人の先生にチェコ語を習っています。だから、週に何回も渋谷を訪れています。

今後、渋谷に求めることは? 渋谷は文化に敏感な街だと思います。そして、さまざまな文化を受け入れてくれる街でもあります。そういった渋谷の懐の深さは、これからも変わらずにいてほしいなと思いますね。それから、日本や東京のシンボルとしても、渋谷にはおもしろさがあると思います。外国から来た方を、日本らしい街、東京らしい街として渋谷にお連れすることもあります。懐の深さと同時に、自分が住む日本を客観的に見られる機会を渋谷で得られるような気がしています。

■プロフィール
梶原初映(かじはら・はつえ)さん
山梨県出身。小学生の頃、テニスプレイヤーのイワン・レンドルを好きになったことから、チェコの世界に引き込まれる。大学ではチェコ語を学び、短期留学も経験。卒業後、チェコ航空に勤務した後、医療系の出版社で編集経験を積む。1998年にオープンさせたチェコ情報サイト「チェコ人になりたい女の子のおはなし」からネットワークが広がり、2005年にチェコ総合情報誌「CUKR[ツックル]」を創刊。編集長を務めるかたわら、チェコ語の講師もこなす。チェコについてインタビューの依頼も多数。

アレン・ギンズバーグ関連の書籍
チェコ総合情報誌総合情報誌
「CUKR【ツックル】」公式サイト
  ギンズバーグのサイン入りのチラシ
チェコ情報サイト
「チェコ人になりたい女の子のおはなし」

撮影協力

チェコ料理カフェ「NPOカフェ ano」
チェコセレクトショップ「ano」

ano 住所:渋谷区渋谷1-20-3
電話:03-5467-0861(1F:カフェ)
03-3407-6560(2F:セレクトショップ/チェコ語教室)
東京で唯一のチェコ料理店。じゃがいものお好み焼きブランボラークをはじめ、チェコ人シェフによる本場の家庭料理が楽しめます。またカフェ2階では、絵本、リトグラフ、マリオネットなどのチェコグッズ販売のほか、チェコ語講座も開設しています。

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