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「アレン・ギンズバーグ展」×山路和広さん(古書店「Flying Books」経営)

1950年代のアメリカで巻き起こった文学的ムーブメント“ビートニク”の巨匠、アレン・ギンズバーグ。生前に日本で開催された朗読会の映像や、多彩なポートレイト、また作品から抜粋したテキストの展示を通し、その世界を伝える展示会がトーキョー・ヒップスターズ・クラブで開かれています(2006年5月7日まで)。この展示会に、古書店「Flying Books」の経営者で、ビート詩人であるゲーリー・スナイダーなどとの交流もある山路和広さんを招き、その感想やビート文学の魅力を語っていただきました。
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朗読会の映像でギンズバーグの詩の魅力を再確認

--展示会をご覧になった感想をお聞かせください。

なんといっても、ギンズバーグが日本で行った朗読会の映像が良かったですね。ときには歌うように朗読する姿には、テキストでは読み取れないギンズバーグの魅力を感じました。実物を観られなかったことが、かえすがえすも悔やまれますね。また、ギンズバーグの長い詩からテキストを抜き出した展示は、メッセージ性が強くて良かったです。全体的に、くどくどと説明する展示ではなく、ヒップスターズクラブの解釈を通してギンズバーグの世界を感覚的に甦らせた感じでしたから、ギンズバーグを知らない人が訪れてもイメージが伝わりやすく、楽しめるのではないでしょうか。

--山路さんから見たギンズバーグの魅力を語っていただけますか。

いろいろな側面がありますが、作品の魅力を言えば、当時のストリートの現状を口語体のリズミカルな文体で描写し、社会の底辺にいる人々の代弁者となった点は大きいと思います。ロックにも大きな影響を与えましたし、弾くように言葉を連ねる文体はヒップホップのルーツになった側面もあると思います。その作品は“ストリート感”にあふれていますから、できれば室内ではなく街中で読んでほしいですね。その方が、描写が具体的にイメージしやすいと思います。また、ギンズバーグの功績としては、チベット仏教や禅に傾倒し、ナローパ・インスティテュートという学校を設立して、アメリカ人に東洋思想を伝えたことも見逃せないでしょう。それからギンズバーグ自身はホモセクシャルでしたが、性別を超えた人類愛にあふれた人物だったと聞いています。「アレンが町に来るだけで、その町全体が温かくなる」と評する人がいたほど、温かみのある人柄だったようです。

偉大な先輩としてビート詩人を見習いたい

--そもそも、どのようなきっかけでギンズバーグを知ったのでしょうか。

大学時代、図書館で何気なく手にした『Esquire日本版』でビートニクを特集していたんです。そのなかで、ギンズバーグの才能を見出して『吠える』を出版したCity Lights Books(サンフランシスコ)の店主で、詩人でもあるローレンス・ファーレンゲッティがビートニクについて語っていました。それがパンクバンドのメッセージよりも、エッジが効いてカッコ良かったんですよ。その特集がきっかけでギンズバーグを知り、そしてビートニクが当時のアメリカで進行していた大量消費社会の風潮に抗い、自らの内面に耳を傾けて人間本来の感覚を取り戻そうとする主張であることを理解したんです。

--ビートニクの思想に共感したということでしょうか。

ボク自身はお気楽な人間なので(笑)、ギンズバーグのように内面に強い渇望を感じていたわけではありませんでした。でも、ちょうど同じ時期にチベットなどを旅し、物質的には貧しくても心の幸せを失わない人々に出会ったんですね。そうした体験とビートニクのメッセージとがシンクロし、自分が生活する世界とは全く違った価値観があるんだな、一つの価値観に捉われる必要はないんだなと、とても気楽な気持ちになったことを覚えています。

--山路さんは、当時のムーブメントの渦中にいたビート詩人のゲーリー・スナイダーとも交流があるそうですね。

2000年の秋にゲーリーが来日し、東京・御茶ノ水の湯島聖堂で朗読会を開きました。その手伝いをして、さらにゲーリーが長野県に旧友を訪ねる旅に同行できたんです。普段、ゲーリーは山にこもって生活し、自然の美しさを詩に詠むとともに、バイオリージョナリズム(国境などの人為的区画ではなく、生態系を重視した地域政策を模索する考え方)を提唱する研究者でもあります。マスコミが持ち上げたムーブメントがとっくの昔に終わっても、彼らは自分のスタンスを崩さずに活動を続けているんですね。その姿勢には敬服しますし、先輩として見習いたいとも思っています。その後、アメリカを旅したときには、ゲーリーの紹介でCity Lights Booksのファーレンゲッティにも会うことができました。

古本の詰まった書棚が発するメッセージ

--どのような思いを込めてFlying Booksを設立したのでしょうか。

古本というアイテムを軸に文化を創る仕事をしたかったんです。新刊書ではなく古本を選んだのは、自分の思い通りの書棚が作れるから。昔の本でも今の若者にとっては新鮮であることも多いですよ。たとえばビートニクの作品だって、今の若者にはあまり知られていない。でも、時代に流されずに本当の自分を見つけようというメッセージは、まさに物質や情報があふれる現代日本にあてはまると思いませんか。また、洋書は1950〜60年代のアメリカの雑誌を充実させていますが、この頃の広告って、一見、無駄なところにこだわっているところがとても面白い。逆に今の広告に、その種の面白みが感じられないのは、こうした昔の広告を見たことのない若者が広告代理店に就職するのが一因ではないかと思うんです。私は店に置く本を「未来のための古本」と呼んでいます。そこには、古本を懐古的に楽しむのではなく、むしろ新しいものを生み出すために活用してほしいという思いが込められています。

--古本を通して、そうしたメッセージを伝えたいということでしょうか。

そうですね、だから自分の興味のある本しか置きません(笑)。さらに詩の朗読会を中心としたイベントや、詩集の出版、また「FLYN’SPIN RECORDS」というインデペンデントの音楽レーベルの活動を通し、メッセージを発信し続けていくつもりです。二号店は出さないのかと訊かれることも多いのですが、それだったら、同じ投資で、よりディープな本を揃える方を選びますね。古本屋の場合、売り場の“広さ”よりも品揃えの“深さ”が重要ですからね。また、ネットでの販売を行わないのは、コーヒーの香りや心地良い音楽に包まれた空間で、実際に手に取って本を選んでほしいから。これからも、こんなにカッコいい本があるんだぜ! という品揃えを追求するので、そのメッセージを楽しんでもらえれば幸いですね。

アレン・ギンズバーグってどんな人?

アレン・ギンズバーグ(1926〜1997年)。50年代、60年代、戦後の不自由のない大量消費社会と化したアメリカ の体制に不満を持ち、それに反抗する思想を”ビートニク”と呼ぶ。その中核的存在であったギンズバーグは、詩人として、生涯を通して政治的活動にも関わった。また、世界各地で精力的に朗読会を展開し、二度、来日している。代表作に『吠える』『カディッシュ』などがある。

「Flying Books」おすすめのビートジェネレーション関連の商品
アレン・ギンズバーグ関連の書籍 1.アレン・ギンズバーグ関連の書籍ビート文学に関しては国内外の作家ともに古本、新刊、洋書と幅く充実の品ぞろえ。なかでもムーブメントの中心的存在であったアレン・ギンズバーグの作品は海外から直接買い付けたサイン入りのレアものも。
ギンズバーグのサイン入りのチラシ 2.ギンズバーグのサイン入りのチラシ70年代に開催されたポエトリー・リーディング(朗読会)のチラシに、出演者であるギンズバーグ、ゲーリー・スナイダー、ピーター・オーロフスキー、そして日本人の詩人であるナナオ・サカキの四人がサインをしたもの。(84,000円)

渋谷に店を開店した理由は? 良くも悪くも日本のユースカルチャーの中心であることが大きいですね。もっとも、若者の活字離れは否めませんから、商売的なことだけを考えれば神保町あたりで文芸書を売る方が無難だと思います。が、それでは面白くなさそうですし、中目黒や表参道、恵比寿、代々木上原なども含めた広いエリアで考えると、やはり渋谷の持つ文化的なポテンシャルは高いと思います。実際、朗読会などを開けば若者も集まりますしね。今後も、そうした広いエリアを視野に入れた活動を展開していきたいですね。

今後の渋谷に求めることは? 中学生の頃から渋谷は日常的な遊び場でした。インディペンデントな小さいショップが集まっているところが気に入っていたんです。しかしそうした趣味性の高いインディペンデントなショップは長続きしないしないんですよね。一方で、今回、アレン・ギンズバーグ展を開いたヒップスターズクラブのように、ディープで面白い店がオープンする動きは依然として止みませんから、今後も「裏道の勢い」が増すような「こだわりを持って長続きするショップ」が増えることを願っています。

■プロフィール
山路和広(やまじ・かずひろ)さん
1975年、東京都生まれ。日本大学法学部卒。学生時代にはバックパックを背負い、アメリカやヨーロッパ、アジアを旅する。卒業後、大手ビデオレンタルチェーンの本部に就職。バイヤーや店舗の経営指導などに携わった後に独立し、2003年、渋谷にカフェやイベントスペースを兼ねた古書店「Flying Books(フライング・ブックス)」をオープン。その経営やイベントの開催を軸に、詩集の刊行や音楽レーベル「FLYN’SPIN RECORDS」の運営など幅広く活動する。

Information カルチャースクール「東急セミナーBE渋谷」で4月5日より、古本屋開業を目指す人に向けた講座
「古本屋さんになるには!〜古本の仕組みとお店の作り方〜」を開催中
東急セミナーBE

Flying Books(フライング・ブックス)

Flying Books(フライング・ブックス) 住所:東京都渋谷区道玄坂1-6-3 渋谷古書センター2F
電話:03-3461-1254
交通:JR・地下鉄渋谷駅
時間:12:00〜20:00
休日:日曜日
URL:http://www.flying-books.com
ビートジェネレーションの文学作品をはじめ、ニューエイジや東洋思想、ドラッグ、旅、宗教、現代思想、社会学など、山路さんの独自の視点で集められた書籍や雑誌を扱う古書店。1950〜60年代の雑誌を中心に洋書も充実。カウンターでこだわりのコーヒー(エスプレッソ200円〜)を飲みながら、のんびりと本を読む至福のひとときが過ごせる。また、店内では月1回ほどのペースで、詩の朗読会や、演奏会、講演をはじめとしたイベントを開催。

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