BUNKA X PERSON

■インタビュー・印象深い写真の数々と共感できるストーリー
・子どもの頃から“気になること”を考え続けていた
・ある日、ポストに舞い込んでいる唐突さが面白い
・街のあちこちに“唐突”な作品を展示したい

■プロフィール大手出版社勤務後、編集プロダクション経営、季刊写真誌『デジャ=ヴュ』(フォトプラネット刊)発行人などを経て、1993年に言葉を使ったアート作品を発表するコミュニケーション・アーティストとしての活動を開始。官製ハガキに“コトバ”をプリントして読者に郵送する週刊「TOKIの言葉」に加え、“コトバ”のバッチが出てくるガチャや、“コトバと人”を巡る映像を製作中。映像作品のライブ上映会も年間5回ほど開催している。主著は「記憶力がないので何度でも楽しめる」(小学館刊)、「ときもどき」(トキヲ刊)など。
http://www.tokitama.net/

作詞家・覚和歌子さんの物語詩を、日本を代表する詩人・谷川俊太郎さんとともに映画化した写真映画「ヤーチャイカ」。山あいの村を舞台に、心に傷を負う男女が出会い、互いに惹かれ合っていく姿を、静止画を連続して見せる手法により繊細に描写した、観る人に不思議な印象を残す作品です。この映画を鑑賞したのは、「コミュニケーション・アーティスト」として活躍する「ときたま」こと土岐小百合さん。独自の感性を発揮して日常の出来事を短い“コトバ”に切り取りアート作品として発信するときたまさんは、言葉(詩)を映像化したこの作品をどのようにご覧になったのでしょうか。

印象深い写真の数々と共感できるストーリー

--まずは、作品の感想をお聞かせください。

昔、『デジャ=ヴュ』という写真誌の発行人をしていましたし、連れ合い(飯沢耕太郎さん)が写真評論家ですから、写真にはとても親しみがあります。とくにスライドショーが好きで、以前に友達と2人で「日本幻燈普及協会」というのを勝手につくり、東京都写真美術館の会場を借りてスライド上映をしていたほど。それだけに「写真映画」と聞いて、勝手に今まで観たスライドショーをイメージして鑑賞に臨みましたが、すぐに、この映画はスライドショーのような表現手法を用いながらも、しっかりとしたストーリーを持つ「映画」に近い作品であることを理解しました。首藤幹夫さんの撮影した写真では、作中で新菜さんが指でヤーチャイカのサインをしているショットが心に残りました。ただ、もう少しナレーションのことばを工夫して、考えさせる部分を増やしても良かったのではないでしょうか。

--ストーリーからは、どのようなメッセージを受け取りましたか。

都会の生活に疲れた男性が山奥の村に辿り着き、見ず知らずの女性に癒される――というストーリーは、現代日本人には共感する人が多いのでは。社会に閉塞感が漂うなか、毎日、数字に追われる生活を送っていると、ストレスがたまってくたびれてしまう。うつ病に罹ると花を美しく感じなくなるといいますが、それ以前に都会にはコマーシャルがあふれ、常に人工的なものが否が応でも目に飛び込んでくるから、自然の美しさに目を向けることなど忘れてしまっている。作中の男性のように、日常とはかけ離れた場所に迷い込んで開放されることを、潜在的に求めている人はきっと多いでしょう。この映画を観た後、星空を見上げたくなったら、そういう欲求があるという証かもしれない(笑)。とにかく写真映画を難しいものと構えず、普通の映画を観るようにご覧になるのが良いのでは。

子どもの頃から“気になること”を考え続けていた

--ときたまさんは、日常生活の中のストレスには、どのように対処していますか。

私は15年前から、週1回、官製ハガキに“コトバ”をプリントして読者に届ける「TOKIのことば」という活動を続けています。たとえば、「記憶力がないので何度でも楽しめる」「濁音の強さ」「涙といっしょにでていくもの」とか。この活動自体はすごく楽しいのですが、「ヤーチャイカ」の男性のようにストレスがたまり過ぎると、どうしても言葉が紡ぎ出せないことがある。あるとき、自分にとってのストレス源は、お金と時間、つまり数字に追われることだと気づきました。以前に出版社を経営していましたから、そういう仕事もそこそこできるのですが、そっちに偏ると、周りを観察したり、言葉を考えたりするのが難しくなる。きっと使用する脳みその部分が違い、切り替えができないのでしょうね。そのように自覚してからは、数字に追われ過ぎない生活に努めています。

--作品の発想は、どこから生まれるのでしょうか。

日常的に観察して、考えることでしょうか。カメラマンが肌身離さずにカメラを持つのと一緒で、道を歩きながら、また喫茶店で周りを見回しながら、いつも何かを考えてメモを取っています。自分の中で気になることを考え続けることも多いですね。たとえば、少し前までは、「停止中のエスカレーターを歩いて上るとき、違和感があるのはなぜか」について、ずっと考えていました(笑)。ほかには、「探し物が見つかった途端、探している最中の気持ちをケロッと忘れることについて」とか、「エレベーターに乗り合わせた人たちが誰も行き先階のボタンを押していないことに気づいたときの感覚について」とか(笑)。日ごろから、誰もが何となく感じたり思ったりしているけど言葉にならない。そういう事象を分析して“コトバ”としてアウトプットすることに、すごく喜びを感じます。振り返れば、小学生の頃は、「下着だと恥ずかしいのに、水着だと平気なのはなぜだろう?」などと、一人で考えていました。昔から、そういう素質があったのかもしれませんね(笑)。

©2008「ヤーチャイカ」製作委員会

今回、ときたまさんに鑑賞していただいた映画
「ヤーチャイカ」

ヤーチャイカ

©2008「ヤーチャイカ」製作委員会

都会の生活に挫折し放浪の旅を続ける男、正午(香川照之)は、恋人の死をきっかけに東京から山間の村に移住し天文台に勤務する新菜(尾野真千子)に出会い、二人は互いに惹かれ合っていく――。ストーリーに合わせ、10数秒間隔で写真が移り変わる「写真映画」。『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」などの作詞で知られる詩人・覚和歌子さんの物語詩「ヤーチャイカ」を元にした作品で、監督・脚本は覚さんと、現代日本を代表する詩人の一人である谷川俊太郎さんがコラボレート。5月31日より、渋谷シネマ・アンジェリカなどで上映。

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