



--PFFとはどんな映画祭ですか?

昨年のPFFの様子
--渋谷をどんな街だと捉えていますか? 渋谷はいろいろと謎のある街で、雑多な文化が集約されている。NHKがあるし、いろいろなお店がいっぱいあるし、いろいろな音楽があるし、ちょっと道も入り組んでいるし、ちょっと角を曲がれば全く違う風景が広がる街ですよね。人工的に造られたというよりは、自然発生的に生まれたような部分がある街。道が迷路っぽいというだけでも変わっているのに、それでいて広大な面積があるじゃないですか。この街に来る人は、それぞれ自分のお気に入りの場所がきっとあるのでしょう。お気に入りの場所がない人が道の真ん中にたむろっているように思えるのですが(笑)、そのほかの人たちは多分、健全だろうが、怪しかろうが、きっと目的地があるんだと思います。そうした雑多に何でも呑み込む街はとても貴重だと思っていて、それは映画にも通じます。
映画って、ひとつの種類とか、ひとつのテーマとか、イデオロギーというか、ひとつのプロパガンダに陥ったらおしまい。映画というものは自由でなくちゃいけないし、あくまでもクリエイティビティの最高峰じゃなきゃいけないと思っています。PFFと渋谷という街が一緒に息づいていることは、非常にクロスしている部分が多いからだと思います。PFFでは、100人いれば100通りの映画を作ってきてほしいと思っているので、そういう空気と渋谷の街は、とにかく合っていますね。渋谷の将来を言うなんてとてもおこがましいことですが、とにかくいろんなことができる、いろんなことが受け入れられる、いつまでもそういう街であってほしいですね。
--ちなみに渋谷にミニシアターが多い理由については? 変わった人が多いから(笑)。渋谷には、人と違うことをやりやすい、そうしたことが受け入れられやすいといった雰囲気がありますね。渋谷は山の手で、新宿から泥くささを引いたイメージ。新しいことができる、芸術の香りがする街ですね。文化と共存する街だからこそ、必然的にミニシアターが多いのではないかと思います。
--そもそもPFFを始めたのは使命感からですか?

当時のことはよくわかりませんが、とにかく最初の雑誌がとても成功しました。すごく成功して、思わぬお金が入ってきて、そのお金で何をしようかという時に、憧れていた「映画祭」をやりたいと。1977年当時は映画祭が全くなく、東京国際映画祭も始まっていませんし、湯布院映画祭が始まるか始まらないかという時期で、映画祭そのものが憧れの対象でした。そこで、成功で手にしたお金で映画祭をやろうということで始まったのがPFF。そもそもすごく純粋な映画祭だった。誰のためにというのではなくて、映画の大好きな人たちが、映画の才能がある自分たちの周りの自主映画監督の作品を見せたかったんですね。
70年代は学生が映画館を借りて8ミリフィルムを上映するのは夢のまた夢で、そうした事を実現させてあげたかった。最初のPFFでは応募が77本だけ。今は700本ですので、その10倍近くの応募が来ている訳ですね。今でこそ石を投げれば映画監督に当たる時代ですが、当時は自主映画を撮っている人は相当少なかった。そういう人たちの作品を何とかして見せたい。才能のある人たちをちゃんとプロにさせたいという主旨で始まった映画祭ですから、今でもずっとおんなじ事をやっています。
--規模は変われどスタイルは変わっていない? そうですね。全く変わっていません。初心を貫いているということですね。

2004年グランプリと準グランプリ監督コンビが手がけた劇場用長編デビュー作「14歳」

また、10年前の90年代と今を比べると、圧倒的にフィルムで撮る人が減って、急激にビデオになりました。これがどのように変化をもたらしていくのかは、まだ数年経たないとわからないと思います。何故なら、彼らは今は自主映画として、彼らの作りたいものを自分の判断で作っている。自分のお金で、誰にも邪魔されずに。しかし彼らがもし職業で撮るとなった時に、今度は彼らだけではなくて誰かの意志が入ってくる。誰かのお金が入ってくるときに、デジタルでずっと一人で撮ってきた、一人でパソコンで仕上げをしてきた人がどのようになるのかという点が、最も変化がわかる。もっとも私たちが信じる自主映画は、自分がどうしてもやりたいことを自分でやっている作品ですから、時代が変わってもその根本は変わらないと思います。
--今まで自主映画に触れていない人が作品を観るポイントは?

--他の映画祭と比べていかがですか? PFFは他の映画祭を全く意識してません。ものすごく多くの映画祭がありますが、他の映画祭がやっていることは他の映画祭がやっていけばいいと思います。誰もやらないことはPFFがやるしかありません。誰もやらないことは自主映画のこうした作品。昔、ほかに映画祭がなかった頃は、3つも4つも会場を使って外国映画やアジア映画の特集もやっていましたが、今やあらゆる映画祭があるので、そうしたものはそれぞれに得意な映画祭に任せればいいんじゃないかと思っています。
--今年のPFFの作品の特徴・傾向は? 自主映画を観たことがない人が描いている「自主映画」へのイメージと、現在、実際に作られている自主映画にはものすごいギャップがあると思いますよ。一度、ご覧いただかないと何ともならないかなと(笑)。本当に上手いですよ、今。観ているのがちょっと辛くなるとか、何やりたいんだかわからないものではなくて、エンターテインメントにしたいという意欲は最近特に強いと思います。
私たちは、作り手の何が自主映画という製作の原動力になっているのか。そこをつかみたくてPFFを続けているとも言ってもよくて、それは、人間の根源的なクリエイトするというか、ものを作るということへの希求に通じているのではと感じています。現在、自主映画制作者は大変増えています。作品がたくさん作られていることで裾野が広がって質にもつながっていると思う。やはり、作れば作るほど上手くなると思います。
--700本から20本前後に絞る入選過程については 入選作品選びは本当に苦しい。極端なことを言えば入選した作品のことは忘れても、ボーダーラインにあった作品のことは、私も含めて審査員は皆忘れないと思います。一次通過作品はリストとして発表しますが、入選に残らなかった作品はPFFでは上映されない。そこは厳しいですね。ただ、PFFでも賞を設けてはいますが、入選作品は、受賞作品も受賞しなかった作品もすべて同じ扱い。そうした部分は、会場での演出にも反映させたいと考えています。
PFFでは、新人や「これから」という人に注目が集まるようにしたいと思っています。今後は、映画のみならず各分野のクリエイターが交流する機会を作っていきたいですね。集合アトリエのような、多くのクリエイターが交流する場所があったらいいと思うし、多くの人が他分野との交流を望んでいる気がします。
--渋谷の観客の反応は? 渋谷に移ったことで観客が来やすくなったという感じはしましたね。PFFでは、どんなお客さんが来て欲しいというのはなく、能動的に映画を観たいという人が観てくれれば嬉しい。PFFは未来に託す映画祭でもあるので、できれば小学生でも、中学生でも一回見て欲しいなと思います。ひとりで悶々と衝動を抑えきれなくなった人もいっぱいいると思うんですが、そういう人が一人でも来やすい場所にしていきたい。何かにぶつかった時、何かを変えたい時に見るとインスパイアされる作品が多いと思います。
とにかく、自主映画はとても赤裸々な作品。驚くほど正直な作品たちです。そこが自主映画の面白さでしょう。映画祭が扱うのは「商品」ではなく作品なんですね、あくまでも。産業のためにやっているのではなく、「映画を撮らないと死んでしまう!」という人のためにやっています。この嘘のない映画たちを、いろんな人に観てもらいたいですね。
■プロフィール
荒木啓子さん
「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」ディレクター。書籍&雑誌編集、イベント企画・製作、劇場映画&2時間TVドラマ製作・宣伝の仕事を順次経験した後、1990年より映画祭の企画&製作に携わる。PFFの企画運営と同時に、数々の映画祭に出掛け、時には国内外映画祭での審査員(ハワイ国際映画祭、香港国際映画祭、東京フィルメックスなど)やプログラミングなどを通し、映画による世界交流を図っている。
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■開催期日:2006年7月15日(土)〜7月21日(金) ■開催会場:渋谷東急 「若い才能の発見と育成。映画の新しい環境づくり」をテーマに1977年から始まった映画祭で、今年で28回を迎える。今年は726本の応募作品の中から選ばれた18本が上映され、各賞が発表される。また一般コンペティションのほか、森田芳光監督が70年代に製作したPFF入選作品「ライブイン茅ヶ崎」の招待上映も行われる。9月から大阪、神戸、北九州、名古屋、仙台、大分、福岡、高松の各都市を巡回予定。 |
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