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Shibuya of future talks about the KEY PERSON key person

Long interview of [key personnel] to be active mainly in the Shibuya. Place a "Shibuya of appeal" through their words.

profile

August was born in 1963. Osaka Prefecture University after graduation, joined Nissho Iwai Corporation in 1987. It is assigned to the food section, in charge of organic food through the University of Indonesia study abroad. In June 2000, participated in the Oisix establishment engaged in the net sales of organic food, he became Executive Vice President. Chairman established a Japan Vegetable & Fruit Meister Association in August 2002. Food Discovery president from October of the same year. There is a "delicious Business Administration of vegetables sommelier" (Gentosha) to book.

オフィスはずっと渋谷。後で考えると、本当に渋谷で良かったと思う

--今後の展望は?

今、福岡で「ベジフルタウン福岡」という構想を練っています。福岡の有名な料理人を10人ぐらい集めて、野菜ソムリエのジュニアマイスターを受けてもらい、その10カ所の店舗をベースにして、さまざまな食に関する情報発信をしていこうというものです。加えて、うちの卒業生が福岡の野菜を作っているので、その10カ所がそれを仕入れていく。さらに、行政や地元のマスコミを巻き込んで、例えばそのシェフが小学校で食育活動を行うなど、「野菜ソムリエ」をきっかけとして「畑」「店舗」「レストラン」「行政」「小学校」「子ども」などへとどんどん繋がっていく。それが「ベジフルタウン福岡構想」です。今はそれに取り組んでいます。

--企業ではなく地域住民と構想を進めるにあたって課題はありますか?

私たちは情報を売っていますが、情報で人は変わりません。情報で変わるのであれば、日本では喫煙も生活習慣病もなくなっているはずですから。人を動かすには、「楽しい」とか「すてき」といった実感がないと難しいと思います。逆に言えば、そうした「実感」が、実は今の社会を大きく動かしている部分だと思います。地元の人にとってメリットのあることをやる――そういうことだと思います。例えば渋谷に当てはめると、百貨店でよく催事を開きますが、それを1週間、「地元の渋谷何とか商店街フェアやります」というだけで、きっと地元の人々の意識は変わるのではないでしょうか。「こういうところが出てきて良かったね」と認めてもらうには、最初に具体的な何か「実利」が必要です。あとは「理念」だと思います。「渋谷に住んでいるのだからこういう街にしましょう」という話にしていかないと、最初は難しいと思います。

--渋谷との最初の出会いはいつですか?

あれは…大学2年生の時です。大阪の大学でソフトボールをやっていましたが、当時、都立大学と定期戦があり、その試合で、初めて渋谷に出て来ました。お好み焼きか焼肉か、何かの食べ放題の店に行った記憶があります。その時、渋谷は「人が多いなぁ」というイメージでした。それから、大学を出て入った商社の寮が宮前平にありました。会社は赤坂でしたから、田園都市線の宮前平から表参道まで来て、表参道で千代田線に乗り換えるのがパターンで、飲みに行くというと赤坂か六本木でした。渋谷は何となく大人が行く所ではないような印象があって、渋谷の駅を降りたのは会社に入って2、3年目ぐらいでした。

--オフィスの場所に渋谷を選んだ経緯を教えて下さい。

当初の考えは、ターミナル駅ならどこでもよかったのです。ただ、貯金ゼロから始めたので、大きなところは借りられない。最初の事務所は神泉でした。一応、ターミナル駅の渋谷から歩けますから(笑)。エレベーターもないビルで、階段も外付け。10坪ぐらいの場所を10万円ほどで借りました。ただ、後で考えると、本当に渋谷で良かったと思います。

--オフィスを渋谷に置き続ける理由は何でしょう?

とても便がいいということと、東横線と田園都市線という、東京の中でも二大富裕層の住んでいる沿線のターミナルという理由からです。うちの修了生の方も、西の方が多いですし。数年前には「ビットバレー」と言われて、何となく新しいことが生まれる街というイメージもありました。私たちの業界はIT系とは違いますが、新しいものを始めるエネルギーに満ちあふれているという点では、結果的に良かったと考えています。

--渋谷の街をうろうろされることはありますか?

桜丘町へも、西武へも行きます。食事は一番渋谷が多いです。お客さんとランチで行くのは、道玄坂上にある「レガート」という店。あそこのランチは費用対効果も良く、ゆったりしているのでお客さんと話しをするのにも適しています。あとは、シブヤ西武8階の「笑龍」という中華料理店です。マネージャーの方がうちの卒業生で、変わった野菜を使っていてとてもおいしく面白いメニューもあります。渋谷は、若い人が行くような居酒屋もあれば、ちゃんとした大人のお店もあります。混在していて面白いと思います。

渋谷の健全な混在感がいい。未来は「個」を大切にする街になってほしい

--渋谷でお気に入りの場所はありますか?

昼休みには時々、246を渡って桜丘町にあるインフォスタワーの横の広場に行きます。246を渡ると、ぐっと落ち着きますね。あの辺りに行くと、もう代官山の香りがしてきます。南平台といえば、元首相の三木武夫記念館もあります。一般の方にも無料で開放していて、とても静かで、「えっ?これ今、渋谷にいるの?」という感じです。創業当時、1時間ぐらい外を歩き回っていたときがありました。やはり考えることがたくさんあったりして…そのころによく行きました。桜丘町、南平台…あの辺りは本当に緑が多いところです。

--渋谷の良さは、さっきおっしゃった「混在感」でしょうか?

そう思います。銀座になったら駄目だし、新宿になっても駄目だと思います。渋谷の健全な混在感がいいのです。家族で来ても一応安心できるけど、でも銀座ほどお高くとまってはいない。わたしが渋谷を考えるなら、そういうブランディングにすると思います(笑)。重要なのは、箱ではなく、コンテンツをいかにつくっていくかだと思います。昔は、その箱で、ある程度街の「格」みたいなのが作れましたが、今の私たちから下の世代は極端な話、ライブハウスでも、喫茶店でも何でもよくて、コンテンツで集まって来ます。コンテンツが人を呼ぶ。例えば、スターバックスは最初からタバコが吸えなかった。業界的には、あんな喫茶店絶対はやらないと言われていましたが、結果的には今の姿があります。スターバックスは禁煙にして、最初から「いわゆるタバコを吸うサラリーマンには来てほしくない」と、お客さんを選別したわけです。渋谷の街のブランディングを考えれば、そういうコンテンツを打ち出して、明確なメッセージを発していく必要があると思います。渋谷に来たい人は週3回でも来たい。でも、来たくない人は5年間1回も来ないと。

--今の渋谷で課題に感じる部分は何かありますか?

渋谷の街だけではありませんが、マナーの悪さは気になります。一昔前は、センター街を歩くのに「恐怖感がある」とよく言われていましたが、最近は治まってきたのかもしれません。例えば、我々も含めて、みんなでゴミ拾いするとか…そういうことの積み重ねだと思います。でも、総合的に見ると渋谷はいい街です。道を一本挟んだら全然違う大使館街やレストラン街があったり、なんかゴチャゴチャしたような所もあったり…街角を曲がれば風景が結構変わる。面白い街だと思います。

--未来の渋谷に向けては、どのような街になってほしいと期待しますか?

21世紀の日本の価値観を具現化した、「個」を大切にする街になってほしいです。いろいろなライフスタイルがあるけど、どんな人が来ても、そのライフスタイルに合ったものが提供される様な街。「混在」というのは「いろいろなものがある」という意味ですが、そのいろいろなものを受け入れる度量が、ほかの街はありません。銀座に行ったらやっぱり銀座で、100人歩いていたら80人が同じ服を着ています。渋谷は「ターミナル駅」でありながら、池袋とも、新宿とも、銀座とも、品川とも、東京駅とも違う。まさに、その混在感が特徴の街です。だからこそ、未来も、「個」や「違い」を受け入れる街であってほしいと私は願います。

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