人がいない渋谷は渋谷ではない、
いつでも人がたくさん集まっている街であってほしい。
プロフィール
東京都出身。主な受賞歴に木村伊兵衛写真賞など。2007年に初長編映画『さくらん』を監督。2008年の個展『蜷川実花展』はのべ18万人が訪れ、2010年にRizzoli N.Y.から写真集『MIKA NINAGAWA』を出版。2012年公開の映画『ヘルタースケルター』が大ヒット。近年では上海のカフェ&バー『Shanghai Rose』の内装プロデュースや、蜷川実花の世界を表現できる無料カメラアプリ『cameran』をリリース。2020年開催の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事に就任。
_この春、渋谷駅地下1階の連絡通路の『渋谷ちかみちラウンジ』に、蜷川さんとコラボレーションした「女性パウダールーム・授乳室」がオープンしましたね。

地下1階の連絡通路にオープンした「渋谷ちかみちラウンジ」(無料で利用できる)。
私自身も子どもを持つ母親ですが、街に出かけた際に授乳する場所がなくて困った経験があります。それでなくとも、ベビーカーに子どもを乗せて街に出るのは本当に大変なことですよね。だからこそ、電車から降りて一度休んで、そこで整えてから街に出る、そんな時間や場所が必要だと思うんです。今回はそのスペースが駅の中に出来るとお聞きして、本当に良いアイデアだなと思ったんです。
_写真も映画も、空間を作り上げることが求められます。今回のパウダールームと授乳室のプロデュースに際して、“蜷川実花らしさ”をどんな部分で表現したのでしょうか。
先ほども言いましたが、小さい子どもを連れて街に出るのは想像を絶するくらい大変です。そのおかげで、街に出ること自体しなくなってしまうことだってあるんですよね。とはいえ、やはり家の近所には売っていないものがあったり、街でしか感じられない空気感がある。ですから、まずは街に出るきっかけを作ることができたらいいなと思っていました。そのために、その気持ちを後押しできるようなビジュアルを提案したかったので、エッジがあるものではなく明るく可愛いことに徹したんです。中に入ったら一度ホッとできて、そこから街に出かけよう、そんな場所を目指しました。
_授乳室もトイレも、それぞれ違う雰囲気になっていますよね。そのほか、蜷川さんがこだわった点は何ですか。

実花さんは母親ならではの視点で、授乳室の空間や椅子などにもこだわった。
例えば、授乳用の椅子に関しては、授乳することだけを考えると決してベストなものとはいえないんです。ただ、機能だけを優先してしまうと、やっぱりデザイン的に可愛いものが少なく、そこに座っていても単なるミルクをあげる人という気持ちになってしまう。一方、デザイン性だけを考慮すると機能が損なわれてしまう。ですから、機能面もクリアしつつ、お母さんがウキウキするようなものを選びました。授乳も化粧直しも、女性が利用するものというのは、その人の気持ちに触れることが大切だと思っていますから。
_確かに、気持ちのケアも機能の一部かもしれませんね。
日本のお母さん達は凄く真面目で、自分の時間を作ることに対して罪悪感すら感じてしまう。でも、せっかくお出かけしているのなら、私はむしろお母さんの気持ちを尊重したい。まずは自分自身を大切にすることを最重要ポイントに挙げていいんじゃないかと。お母さんが元気なら、子ども達にも良い影響が生まれるはずですしね。しかも、こういった場所があるのなら、たまには出かけてみようかな、と背中を押してあげられるかもしれない。ですから、一カ所だけじゃなく、色々な場所にあったらいいなと思います。

デジタルフォトブック「ニナデジ」とコラボレーションした、色鮮やかな女性用パウダールー ム。実花さんは「ここでひと休みしてから、渋谷の街に飛び出して欲しい」という。
_ご自身としては、母親になってクリエイティブな部分に何か影響を与えていますか。
もちろんありますよね。ただ、母親になったことで、逆にエッジがなくなってしまうんじゃないか、という不安があります。子どもがいると、それだけで満足してしまう部分が生まれる。もちろん幸せなことですし、子どもの顔を見ているだけで一日が過ぎてしまうほどの愛おしさも感じます。だからこそ、モノ作りをする上で貪欲に成り切れない自分になってしまうんじゃないか、そういった恐怖心が大きくなりましたね。その意味では、以前よりも凄くエッジなものを作るようになりました。
_普通であれば、母親になったことで、今までよりも作品に優しさが加わると考えてしまいそうですが。

そう言われることが、私としては本意ではないんです(笑)。そういう意味では、母親になってから出来た『ヘルタースケルター』というのは、まさに尖っていた作品だなと。逆説的ですが、あれこそ子どもが生まれた後だからできた作品だと思っています。それまで自分のためだけに使えていた時間が、子どもが生まれてからどんどん使えなくなっていくんですよね。作品を作りたいのに作れないというストレスが積み重なっていき、それが爆発したというのもあります。お母さんというのは幸せなこともたくさんありますが、怒りもたくさんあるもの。それは私のような職業に限らず、「なんでオムツが売ってないんだろう」とか「なんでみんな手伝ってくれないんだろう」など、実際は口に出して言えないことが多々あるんですよね。私の場合は、そういったものが鋭いクリエイションに繋がっているのかもしれません。
_ちなみに、ここ最近では、10代〜20代の頃に渋谷で遊んで一度離れていった人達が、30代〜40代になって再び渋谷に戻ってきているという現象もあるようです。
凄くいいことですし、その感覚は理解できます。私自身も、20代〜30代頃に一度は渋谷から離れて、大人になってからまた戻ってきた世代の一人ですから。大人になってからは、撮影で色々なホテルを利用させてもらったり、食材を買いに行ったり、休日の代々木公園にも行けば、夜のクラブにも遊びに行ったりもする。昔とは接し方が変わりましたが、とはいえプライベートでの出没率は渋谷が一番高いかもしれません(笑)。
_ちなみに大人になった今でも、渋谷の中でよく足を運ぶ場所はありますか?
Bunkamuraですね。父親が数えきれないほど舞台をやっているので、よく行く場所です。なんていうか、常に誠実なプログラムを組んでいて、凄く大人のイメージがあります。そういう意味では、特に大人になってから尖ったものを感じたい時は、Bunkamuraに足を運びます。その一方で、今は若者文化を象徴するランドマークが少なくなっている気がしています。10〜20代の頃、自分があれだけ多くのものから影響を受けていたと思うと、ひとつの街を通じて時の流れも感じます。
_ご自身の人生において、あらゆる時代で渋谷に接しきたと思います。今後、渋谷にはこうあってほしいという望みや想いはありますか?

個人的には、今回の取材のテーマが“渋谷”でなかったら、お受けできなかったかもしれません。自分の憧れが現実になった街ですし、自分の中で街と自分との決着をつけたのも『ヘルタースケルター』のラストシーンに集約されています。やっぱり、渋谷というのはそれくらい自分にとっても特別な街なんです。やっぱり私は、基本的に色々なものがゴチャゴチャしている空気感が大好き。ですから、渋谷に関しても進化し続ける一方で、あまり奇麗に成りすぎないでほしいという想いがあります。そういう意味も含めて、やっぱりいつでも人がたくさん集まっている街であってほしい。人がいない渋谷は渋谷ではない気がしますし、様々な人びとの想いを内包できる街であってほしいなと思います。
2014年4月、東急田園都市線・東急メトロ半蔵門線渋谷駅の地下1階コンコースに 「渋谷ちかみちラウンジ」がオープン。施設内にはトイレや授乳室に加え、女性パウダールーム、男性ドレッシングルーム、ベビールームがあるほか、Wi-Fiが利用できるコンシェルジュ常駐のラウンジも備える。駅構内にある施設で、こうした機能が1か所に集積するのは日本初の試み。中でも「女性パウダールーム・授乳室」は、蜷川実花さんのデジタルフォトブック「ニナデジ」とコラボレーションした色鮮やかなビジュアルと、母親目線で細部にまでこだわった家具や照明などの空間演出で注目を集めている。>>渋谷ちかみちラウンジ

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