SHIBUYA BUNKA SPECIAL

お客さんの喜ぶ顔が見える場を―“朝市”から広がる農家と消費者のコミュニケーション

東京近郊の農家がとれたての野菜を販売する、代々木公園ケヤキ並木での朝市。渋谷の新名所として定着しつつある一方で、その場所柄、若い世代の農業に対する意識にも徐々に変化をもたらしています。この朝市を運営するのが、NPO法人アースデイマネー・アソシエーションを母体とする東京朝市実行委員会。その事務局である高橋慶子さん、そして安全や環境に配慮した野菜のセレクトショップ「やさい暮らし」を運営する傍ら、同委員会のオーガナイザーを務める伊藤志歩さんに、朝市をスタートした経緯や、近年の農業をめぐる生産者・消費者の意識の変化を伺いました。

1. 渋谷から始まる“アグリカルチャー”という名の新しいムーブメント

3. 渋谷産の野菜はできるの?「都市菜園」の新たな可能性を探る

4.こだわりのオーガニックレストラン

  朝市を通じて生産者と消費者の交流が進んでいる

--代々木公園ケヤキ並木での朝市は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。

高橋有名なパリのマルシェをはじめ、朝市は世界中の都市で日常的な光景になっていますよね。それなのに、どうして東京には大規模な朝市がないのだろうかという思いが出発点になっています。さらに、私たちが流通させている地域通貨「アースデイマネー()」を朝市で使えるようにして、もっとアースデイマネーを普及させたいという考えもありました。本当は、もっと前から始めたかったのですが、場所や資金などの問題をクリアできなくて。ようやく企業のスポンサーを見つけて、昨年4月29日、最初の朝市を開催しました。以来、冬期を除き、毎月1回、実施しています。今年は4月21・22日からスタートします。

※アースデイマネーとは
東京・渋谷を中心に流通する地域通貨。
単位は「r(アール)」で、1rは1円に相当する。
»「アースデイマネー・アソシエーション」代表 嵯峨生馬さんインタビュー(2006年4月20日)

--出店される農家の方々は、どの地域から訪れるのでしょうか。

高橋東京近郊ですね。千葉や埼玉を中心に、栃木や群馬、長野、山梨、静岡などから、とれたての野菜を軽トラで運んできます。最初は20店舗程度だったのですが、徐々に増え、今では50店舗近くが集まっています。有機農家さんには横のつながりがあるようで、農家さんのほうから「○○農園さんから聞きました。参加させてください。」などと言われ話しがスムーズにまとまることが多いですね。

伊藤新しい試みにチャレンジする農家には30代など若い世代が多く、インターネットも使いこなしていますからね。mixiなんかで情報交換をするケースも多いようですよ。

高橋たしかに、農業は若い世代から変化している印象を受けますね。それは消費者の側も同様です。渋谷には若者が集まりますから、朝市を通じて農業に関心を持ってもらえるといいなと期待していました。それが実際に始めてみると、若者が期待以上の興味を示したことには驚きましたね。出店者の話を積極的に聞こうとしたり、エコバッグを持参するのも若者が多いですね。

--朝市は、出展者と客のコミュニケーションの場にもなっているのですね。

高橋そうですね。生産者には「自分の作った野菜によって喜ぶ人の顔が見たい」という思いがあると思います。しかし、現実には、野菜はスーパーや八百屋で売られますから、生産者が直接、消費者と話す機会はほとんどありません。それが朝市では、土の付いた野菜を手にして、そこに込めたこだわりをじっくりと説明できる。スーパーではちょっと形の悪いような野菜を避けて買う人でも、農家さんのこだわりを聞けば、納得したり感心したりして、喜んで買っていきます。そういうコミュニケーションの場となることは、朝市の重要な役割ですね。

伊藤有機栽培は大量生産が難しく、どうしても値段が高くなるため、生産を維持するには、その意義をお客さんが理解して買い支えなくてはなりません。そのためにも、今後は生産者と消費者のコミュニケーションは、ますます重要になるでしょうね。私は、昨年、安全や環境に配慮して生産された野菜を通販で提供するwebサイト「やさい暮らし」を立ち上げました。これまでにあった野菜の通販との最大の違いは、お客さんが野菜の種類ではなく、農家を指定して購入するところです。お客さんは、箱に詰まった野菜のセットが届くまで、何が入っているのか分からないのですね。

高橋となると、生産者に対する信頼が重要になりますよね。

伊藤その通りです。環境保全型の農法に取り組む生産者には、それぞれに強いこだわりがあって、味も少しずつ異なります。いわば音楽や絵画と同じく、アーティストのような個性があるのです。その個性に共感して野菜を買うというしくみは、従来はありませんでした。そこで「野菜を選ぶ」から「農家を選ぶ」へと発想を転換してみたのです。

高橋お客さんの反応はどうでしょうか。

伊藤始める前は、有機栽培などに強い関心のある人に限られるだろうと思っていました。ところが実際には意外と“普通”の方たちにも買っていただけています。私が考えていた以上に、消費者が生産者とのつながりを求める気持ちが強かったということなのでしょう。あるとき、お客さんから「生育不足の人参が届いた」というクレームを寄せられたことがありました。その人参は栽培の過程で間引かれたもので、小さいですがやわらかく味が濃いため、レストランなどでは好んで使われるんですね。それを説明すると、「人参って間引くものなんですね、初めて知りました」と、とても喜んでもらえました。そのように生産者が積極的に情報を発信すれば、消費者との新しい関係が生まれていくと思いますね。

昨年のアースデイの模様

若者を中心に、農的な生活への憧れが強まっている

--そもそも「やさい暮らし」のアイデアは、どこから生まれたのでしょうか。

伊藤もともと広告代理店でフォトグラファーをしていましたが、本当にやりたいことと少し違うなという思いがあって。それで尾瀬の山小屋に住み込みで働いたり、フランスに留学したりするうちに、農的な生活に関心を持つようになりました。それで農業を営むことを考えましたが、先ほどお話ししたように、ある程度、こだわりを持って農業を続けるには、関心の高い消費者の存在が必要だと気づきました。しかし、農家と消費者を直接つなぐ仕組みが見当たらなかったため、それなら自分で作ってしまおうと一念発起したのです。

高橋消費者である私たちの中には、潜在的に、農業に対する憧れのような気持ちがあると感じます。アースデイマネー・アソシエーションでは、「野良しごと。」というボランティアとして農作業を手伝う「援農」の窓口になるウェブサイトも運営しており、それも若者を中心に盛況です。

伊藤援農は、農家を援助する側面がある一方で、ボランティアとして参加する側にも、自然に触れたり、土いじりをすることで癒される効果のある取り組みですよね。両方ともハッピーになるのですから、でも、どうも援農という言葉は好きになれない。むしろ、「縁農」という言葉の方がふさわしいなと思いますね。

高橋転職や引越しをするなど、不安定な生活を送るほど、地に足の付いた農的な生活への憧れが強まるのも不思議ではありません。パーマカルチャー()などに共感し、農業を実践する若者が増えているのも、そうした考え方が背景にあるのでしょう。

--4月21・22日のアースデイ東京2007では、どのようなイベントを行うのでしょうか。

高橋メイン会場となる代々木公園では、2日間にわたって朝市を実施します。それぞれのブースの竹を用いたテントにも注目してみてください。竹は増殖力が強いため、他の樹木を駆逐してしまう被害が出ているんですね。そこで伐採した竹をテントの骨組みとして有効利用しています。和の趣きがあって雰囲気的にも良いですよ。それから、使用済の天ぷら油を回収し、それを燃料としてバスを走らせます。他にも会場では「アースデイキッチン」として露天のオーガニックレストランを出店するなど、さまざまなイベントを開催しますから、ふらっと遊びに来ていただければ、何かしら興味や関心を引くものを見つけられると思いますよ。

※パーマカルチャー … 「permanent(永久の)」と、「agricultre(農業)」および「culture(文化)」から生まれた言葉。「永久の農(文化)」と訳せるように、永久に持続可能な農・文化・環境を作り出すことを目指し、オーストラリアのビル・モリソン、デビッド・ホルムグレンによって生み出された考え方。地球環境に配慮した農業、またライフスタイルの実践を追求する。

高橋慶子さん

高橋慶子さん岩手県生まれ。岩手県庁に勤務し、農産物の流通や税務などに携わったのち、NPOの活性化や公的機関とNPOとのパートナーシップを担当するセクションに移動。県庁を辞職後、小中学生や高校生の「仕事」に対する意識を高めるNPO法人未来図書館での活動を経て、2006年にアースデイマネー・アソシエーションに参加。現在は、東京朝市実行委員会の事務局で活動する。
http://www.earthdaymoney.org/

伊藤志歩さん<

伊藤志歩さん千葉県生まれ。フォトグラファーとして広告代理店に勤務したのち、フランスや日本各地を撮影して回り、「自然や農」の美しさに目覚める。千葉の農村に移住し、地元の有機野菜の流通会社でwebサイトを使った野菜の販売などを行い、2006年7月に株式会社アグリクチュールを設立。野菜のセレクトショップ「やさい暮らし」を立ち上げる。
http://www.yasai-gurashi.com

アースデイとは?

1970年4月22日、アメリカの大学生であったデニス・ヘイズ氏の呼びかけにより始まった、地球環境を考えるためのイベント。その後、世界各地へ活動が広がり、現在、世界180カ国以上で環境問題への関心を示し、行動を起こすための日として、関連イベントが展開されている。日本では1990年に東京での活動をスタート。昨年のアースデイ東京2006では2日間で参加総数10万人を動員するなど、市民団体による国内最大級の環境イベントとなっている。

アースデイ東京2007
テーマ:
「LOVE みんな、地球でつながっている。」
開催日:
2007年4月21日(土)・22日(日)
会場:
メイン会場 代々木公園

1. 渋谷から始まる“アグリカルチャー”という名の新しいムーブメント

3. 渋谷産の野菜はできるの?「都市菜園」の新たな可能性を探る

4. こだわりのオーガニックレストラン


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