川口葉子の渋谷カフェ考現学

番外編:屋上ウォーカー(1) 渋谷脳のかたち

都市は外部にあらわれた人間の脳だ、という言葉を耳にしたことがある。それを信じるなら、渋谷の街の姿はそのまま渋谷脳のかたちでもあるはずだ。渋谷脳などというものが存在すると仮定しての話だけれど。

屋上から眺めるとき、渋谷はどんな姿を見せてくれるのだろう。

長い歴史を重ねてきた東急百貨店東横店の屋上に立ち、ハチ公前交差点からスタートして、ぐるりと360度を見渡してみた。西館屋上にはフットボールパークが設けられ、小雨が降ったりやんだりする中でも少年たちが集まっていたが、今回特別許可を得てのぼらせていただいた屋上は、フットボールパークのさらに上に位置するもうひとつの屋上である。

屋上には街の音が小さくなりながら四方から立ちのぼってくる。渋谷脳の特徴は、まずこの無秩序な騒音なのかもしれない。音は巨大な雲となって街の上空にぽっかり浮かび、屋上に立つ私を包みこむ。なるほど、この音の雲こそが渋谷脳のクモ膜なのだ…と、まぬけなことを思いついてしまった。

ときおり、ハチ公前交差点を囲むビルの外壁に取りつけられたスクリーンから、ひときわ大きな音量で音楽の断片やナレーションの声が突きぬけてくる。複数のスクリーンからてんでに映像と音が流されると、自分が透明になったように感じる。だれも私という個人に向けては話しかけてこない、という印象。いったいあのスクリーンたちは、だれに向けて、何を伝えたいのだろう? どのようなメッセージが放たれようと、屋上に届くまでにそれらはすべて意味をもたない雑音となるのだが。

しばらく屋上で風に吹かれているうちに、山手線と埼京線が渋谷駅に出入りするとき、必ず左右から「金融ビル」の洗礼を受けることに気がついた。金融ビル、すなわち1階から最上階まで消費者金融のぎっしり詰まったビルである。金融ビルはまるで渋谷にやって来る群集を迎える2匹の狛犬、もしくは、あ・うんの像のように線路の両脇にそびえ建ち、派手なサインで目をひこうとする。線路を渋谷脳の延髄とするなら、金融ビルはエンドルフィン類のような脳内麻薬様物質だろうか?

渋谷駅と東急東横店=エスプレッソとミルク

渋谷駅と東急東横店ほど複雑に入り組んだ空間はまたとない。渋谷駅に集まるたくさんの路線の改札口と、東急東横店の東館・西館・南館が各階ごとに交互に混じりあい、もはや誰にも分離することができないかのようだ。

東急東横店の南館に1階がなく、西館に4階がない不思議。地下鉄である銀座線の改札口が渋谷駅の3階にあることの不思議。地下3階に発着する田園都市線から銀座線へと乗り換えようものなら、谷底から山へと合計6階ぶんのピクニックである。

渋谷駅がこれほど複雑な姿になったのは、駅と東急百貨店とが何十年もの歳月をかけて少しずつ増殖してきた結果にほかならない。しかも、両者が建っている足もとからして複雑な土台。渋谷の地下には童謡「春の小川」のモデルとなった渋谷川が流れているのだ。地上階に負けず劣らず、地階もややこしい構造にならざるをえない。

渋谷駅と東急東横店の結びつきは、いわば熟練のバリスタがカフェラテの表面に手首の動きひとつで描きだした木の葉模様。褐色のエスプレッソと白いフォームミルクが精妙に入り混じり、ひとつの宇宙をかたちづくっている。いったい誰が、カフェラテをエスプレッソとフォームミルクに分けて飲むだろう?

1951年頃の渋谷駅前(資料提供:白根記念 渋谷区郷土博物館・文学館)

1980年代=カフェバーの時代

1934年 東急百貨店
(資料提供:白根記念 渋谷区郷土博物館・文学館)

現在の東急東横店(東館)が地下1階、地上7階建ての姿で誕生したのは1934年のことだった。当時の名称は「東横百貨店」。関東地方で初めてのターミナルデパートである。売り場のオープンと相前後して開通した井の頭線、地下鉄銀座線のいずれの改札口を出ても、デパートの売り場に出られるよう設計されていた。渋谷駅はデパートのオープン当初からすでに独特の構造を持っていたのだ。

東横百貨店はターミナルデパートとして順調に発展していった。戦時下には当時のすべての高層ビルと同じように、屋上に砲台が据えつけられていたこともあったという噂。わずか60年前には日本はアメリカを相手に戦争をしていたのだ、という事実をあらためて考える。上空に飛来する「敵機」に向けて、この屋上から狙いを定めていた砲台。

1945年5月の空襲によって東横百貨店は地階以外のすべてが焼失してしまったが、戦後、応急修理をして小規模で営業を再開。1951年には復旧拡張、その後も何度も拡張を重ねて現在の姿になっている。

1950年から1953年までの3年間だけ、東横百貨店の屋上には小さなロープウェイがあったそうだ。東横百貨店と玉電ビル(現在の東急東横店西館)を結んで75メートルを往復する「ひばり号」である。当時の子どもたちに大変な人気を博したらしいが、玉電ビルの4階から上の増築工事が計画されたために運休となった。1954年には南館においても4階から上のフロアが増築され、現在の巨大かつ複雑な店舗の姿が完成した。

そのような推移を知ったうえで、東急東横店の屋上の風景をあらためて思い出してみると、めまぐるしく移り変わるスクリーンの映像や街の音、フットサルに熱中する少年たちの姿に重なるようにして、清流だったはずの渋谷川のせせらぎや、くろぐろとした砲台の影、ひばり号に乗る子どもたちの歓声がうっすらと二重露光されてくる。東急東横店の屋上に立つとき、人は70年ぶんの渋谷の歴史の上に立っているのだ。

■プロフィール

川口葉子

川口葉子(かわぐちようこ) ライター、エッセイスト。
茨城県日立市生まれ。大学時代より東京都在住。散歩や旅の途中で訪れたカフェは800軒以上にものぼる。1999年末から趣味が高じてサマンサのペンネームでWebサイト『東京カフェマニア』を主宰。雑誌や各Webサイトでエッセイやカフェのレシピを連載中。2006年7月末に『カフェの扉を開ける100の理由』を情報センター出版局より上梓予定。

■著書 『東京カフェマニア〜A Small, Good Thing』(情報センター出版局)
『おうちで楽しむカフェのおいしいコーヒー』(成美堂出版)
『カフェに教わる 10分でひとりパスタ』(宝島社・spring編集部)
『20分でできる ひとりごはん・夏』(宝島社・spring編集部)


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