川口葉子の渋谷カフェ考現学

カフェとの出会いかた お見合いや恋愛にも似ている、カフェとの出会い

カフェとの出会いは、人との出会いとよく似ている。お見合いのようにして会うのと、恋愛のようにして会うのと。お見合いでも恋愛でも、出会ってしまえば同じでしょう?という考え方もあるけれど、そこに含まれる「物語」の総量はやはりまるで違うのだ。

お見合いのような出会いとは、雑誌やガイドブックの情報を読んでカフェにでかけること。あらかじめ相手の身上書を読んでいるのでおおよその見当はついており、良くも悪くも、あまりびっくりさせられることはない。せいぜい、写真では広く見えたけれど実際には意外に狭かった、などという驚きがあるくらいだ。安心といえばこれほど安心なことはない。

友だちに「良いカフェをみつけたから」と連れていってもらうこともある。いわゆる「友人の紹介で」という出会い。こちらの好みをよくわかっている友だちの推薦であれば、この方法がもっとも相性の良いカフェに出会える確率が高いかもしれない。しかし、「人生はチョコレートの箱©フォレスト・ガンプ」である。チョコレートも人生もカフェも、ふたを開けてみるまではわからない。たとえ身上書が完璧でも、友人が熱心に薦めてくれても、そこに漂っている空気と自分の相性だけは、実際に行ってみなければ決してわからないのだ。

さて、心をときめかせる恋の物語には、街角でばったりとか、バスの窓から見かけてひとめぼれなどといった偶然のファクターがつきもので、考えるたびに私は偶然と運命の違いがわからなくなってしまうのだけれど、それはともかく、まるでカフェと恋に陥るようにして、偶然の(あるいは運命の)出会いを果たすことがある。

たとえば、カフェをみつけることを念頭において街を歩き、その願いがかなってカフェに遭遇する場合。ショッピングに歩き回ってすっかり脚が疲れてしまったり、散歩の途中でふとカプチーノが飲みたくなったりしたとき、カフェに入ろうと思って街を見渡し、嗅覚が導いてくれるままに進んでいって良いカフェを発見したときの嬉しさときたら! 

東京では「上を向いて歩こう」、あたたかな灯が良いカフェの目印

カフェを探しあてる嗅覚。それは人工物で埋めつくされた都市を舞台に、かろうじて発揮できるささやかな野生のようなものかもしれない。鈍りがちな五感と第六感のようなものを総動員して、けたたましい色彩の看板をとりつけたビル群と騒音がどこまでも続く見通しのきかない地帯の中に、居心地のよいひっそりした空間を発見するゲーム。

慣れてくると、カフェを探知する勘のようなものが生まれる。大通りよりは裏通り。ビルの1階よりは上の階。雑踏のなかで途方にくれてしまったときは上を見上げれば、ビルの窓のひとつにあたたかな色の灯がともっていることがある。その窓に音楽の気配やコーヒーの香りの気配を感じたら、ビルの入口の小さな看板をたしかめて上がっていけばいい。スキヤキ・ソングに教えてもらうまでもなく、東京では「上を向いて歩こう」なのだ。そう、droleとも、上を向いて歩いているときに出会ったのだった。

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Zarigani Cafe

余談だが、ある人がビルの5階に部屋を借りて、趣味で集めていたソファや照明を並べ、週末のたびに友人どうしで集まってお茶とお酒を楽しんでいたことがあった。好奇心旺盛な人々というのはいるもので、下の歩道を通りかかってめざとく窓からもれる光をみつけ、ビルの階段をのぼってきて扉を開け、「ここはカフェですか?」と尋ねる人があとをたたなかったという。ビルの一室の借り主は茶目っ気があり、しかもおいしいものの好きな人だったので、やがてその場所を本当にカフェとしてオープンするにいたった。

そこまで冒険的なことをしなくても、街角にはわかりやすいカフェのサインがちりばめられている。たとえば、ビルの入口に出ている小さな黒板。Cafe Apres-midiとの出会いも黒板が発端だった。カフェのメニューを書きつけた黒板は、しばしば古い椅子の上に立てかけられていたりもする。その椅子の上になにげない風情で野花が一輪、細いガラス瓶に挿してあったりすると、目的地発見のサインがぱっと点灯する。ただし、近づいてみると美容室だったという可能性もあるのだけれど。カフェのサインと美容室のサインはちょっと似ているのだ。

カフェ・アプレミディ オーナー・橋本徹さんのインタビュー記事はこちら

あとは、カフェ運が導くままに・・・

名曲喫茶ライオン

名曲喫茶ライオン

いちばん嬉しい出会いは、道に迷っている最中に予期しない遭遇を果たした場合かもしれない。取引先のオフィスに用事があって街に来たものの、目的地がみつけられずに迷子になったりしているとき、ばったりとカフェに出会うことがある。いかにも気持ちのよい空間をしまいこんでいそうな扉を眺めて帰りに立ち寄ろうと心に決め、いったいどんな幸運のもとにこのカフェをみつけることができたのだろうと考えるときの嬉しさ。

一度は、御神輿がカフェに導いてくれたこともある。繁華街を練り歩く御神輿をみつけ、散歩がてら、ぶらぶらとそのあとについていったら、御神輿は急に大通りからそれて狭い路地に入っていった。路地のつきあたりで担ぎ手たちは御神輿をおろし、地面に座りこんで休憩時間に入ったのだけれど、ちょうどその真正面に名曲喫茶ライオンがあったのだ。開店したのは昭和元年という、渋谷にあってはほとんど奇蹟のような喫茶店である。

そんな街歩きを楽しんでいるうちに、自分なりのカフェのジンクスも生まれてくる。たとえば:
良い古本屋の近くには、良いカフェが隠れている。
雨の日にみつけたカフェは当たり。

忘れてはいけないのは、いつでもつねにカフェ運に恵まれるとは限らないということ。日によってはいくら歩き回ってもちっともカフェに出会えないこともある。そんなときは、今日はカフェ運のない日なんだとあきらめて、家に帰って自分でとびきり入念においしいコーヒーを淹れればいい。街で、骨折り損の時間を過ごしてしまったって? いえいえ、そんな無駄な時間、役に立たない時間をも笑って享受することこそ、「カフェのある日常」を愛する人間のささやかな余裕というもの。

■プロフィール

川口葉子

川口葉子(かわぐちようこ) ライター、エッセイスト。
茨城県日立市生まれ。大学時代より東京都在住。散歩や旅の途中で訪れたカフェは800軒以上にものぼる。1999年末から趣味が高じてサマンサのペンネームでWebサイト『東京カフェマニア』を主宰。雑誌や各Webサイトでエッセイやカフェのレシピを連載中。2006年8月に「カフェから始まる旅がある」をテーマに北海道から沖縄まで、全71軒のCafe Tripを収録した『カフェの扉を開ける100の理由』を情報センター出版局より書籍として発刊

■著書 『東京カフェマニア〜A Small, Good Thing』(情報センター出版局)
『おうちで楽しむカフェのおいしいコーヒー』(成美堂出版)
『カフェに教わる 10分でひとりパスタ』(宝島社・spring編集部)
『20分でできる ひとりごはん・夏』(宝島社・spring編集部)


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