Super mix of cultures beyond generations is the "Shibuya Lessiness"
プロフィール
西樹/シブヤ経済新聞編集長。みんなの経済新聞ネットワーク代表。大手PR会社を経て、1988年、花形商品研究所を設立。2000年4月、広域渋谷圏のビジネス&カルチャーニュースを配信する情報サイト「シブヤ経済新聞」を開設。以後、「みんなの経済新聞ネットワーク」として海外都市を含む120以上のエリアで各地のパートナーと展開中。JFNのラジオ番組「日本カワイイ計画。with みんなの経済新聞」コメンテーター。
https://www.shibukei.com/
高野公三子/(株)パルコ『ACROSS』編集長。パルコのファッション&カルチャーのシンクタンク「ACROSS」の代表。2017年、Google Culture Project「We Wear Culture」に参画。共著に『ファッションは語りはじめた〜現代日本のファッション批評』(フィルムアート社)、『ジャパニーズデザイナー』(ダイヤモンド社)他。日本流行色協会トレンドカラー選考委員、文化学園大学講師。
http://www.web-across.com
干場義雅/スタイルクリニック代表取締役。雑誌モデル、BEAMSで販売を経験後、出版業界へ。「LEON」「OCEANS」など数々の男性ファッション誌の編集者として活躍。現在は「FORZA STYLE」(講談社)の編集長のほか、ファッションディレクター、ラジオパーソナリティー、テレビリポーター、ブランドプロデューサーなど、メディアの枠を超えて活動の幅を広げる。「渋谷ファッションウイーク」のアンバサダーも務める。
「DC」「渋カジ」「ギャル」など、常に新しいムーブメントを発信し続ける街・渋谷。多くの人々がなぜ、これほどまで渋谷に魅了されるのだろうか。長きにわたり渋谷の街をウオッチし続けている3人のキーパーソンを迎え、「渋谷のファッションカルチャー」をテーマに語り合ってもらった。
西:「渋谷ファッション」の変遷を80年代から簡単に教えていただけますか?
高野:アクロスでは1980年8月から毎月若者のファッションとカルチャーを考察する「定点観測」を行っていて、今年で38年目になります。80年代から流行を振り返ってみると、アイビー、プレッピー、ニュートラやハマトラ、竹の子、ニューウェーブとか。その後、雑誌カルチャーやアメリカカルチャーが入ってきて、88年ごろ、DCブームから渋カジに変わっていきました。デザイナーのクリエーションを享受するという時代でしたね。
西:プレッピーとか懐かしい。こう振り返ると、80年代はファッションの動きがすごく激しかったですね。
高野:はい。60年代生まれの人たちが若者だった時代、彼・彼女らにとってファッションは自身を表現するアイデンティティーの一つでした。「新人類」と呼ばれた世代ですよね。その後は干場さんたちの世代「団塊ジュニア」になります。

西:90年代ですね。干場さんが、渋谷に洋服を買いに来るようになったのは、いつ頃ですか?
干場:たぶん中学2、3年生の頃です。それこそビームスとか、バックドロップとかに買いに来ていました。その頃、ビームス渋谷というお店が電力館の後ろのあたりにありまして…。その後、僕はそこで働くことになるんですけど(笑)。
高野:ビームスの渋谷店で働いていらしたんですよね。
干場:ええ、そうなんですよ(笑)
西:90年代のファッションのトレンドはどうでしたか?
高野:90年前後はラルフローレンの「紺ブレ」にリーバイスの501を合わせるスタイルが流行りました。それ以前のブランドを「買って着る」という感覚から、「どう着るか」、ファッションが単なる消費と所有から、その人のセンスとかスタイリング、どう表現するかに変わった時代でした。その後、インディーズ・デザイナーブームがやってきます。もともと原宿にはマンションメーカーといわれたように、若いデザイナーが輩出される土壌がありましたが、この頃、原宿にある古い住宅の一角に小さいお店を構え、人気が出てきたブランドは渋谷の大手商業施設の中に出店したり、東京コレクションに参加するようになったり、パリコレに挑戦するブランドが出たり…とても面白い時代だったと思います。
干場:それが裏原につながっていく感じですかね。
西:80年代と90年代の渋谷ファッションの違いは何ですか?
高野:80年代ファッションのしくみを否定したというか、90年代は小資本のなクリエーションがいろいろ出てきて、国内外を問わず、個と個で一気に発信が始まった時代。今はネットがありますが、当時は無かったので、個人があっちこっちアンダーグラウンドで動いていたようと思います。それから、ファッションスナップ系の雑誌がたくさん出て来たのも、この時期です。
西:普通に道を歩いている人のファッションをお手本にするという、今までにないカルチャーですよね。編集者の立場からいえば、読者に響くスナップの舞台は、やはり渋谷だったのでしょうか?
干場:生態系は違うかもしれませんが、東京なら渋谷、原宿がメインでしょう。中でも渋谷は公園通りをはじめ、圧倒的にストリートの数が多いですから。
高野:確かに新宿は「ストリート」というイメージが湧かないです(笑)。
西:渋谷は地形が複雑で起伏もあるし、各ストリートに名前が付いていて、頭の中でイメージしやすいということもあるのでしょう。

西:最近の渋谷ファッションの特徴はどうですか?
高野:最近は「若い子が雑誌を読まない」と言われていますが、意外に読んでいて。しかも今売られている雑誌に限らず、古本屋さんで昔の「オリーブ」などを買ってきて、そのファッションページに載っている洋服を古着屋さんで探してコーディネートしたりとか…。
干場:めちゃくちゃややこしい(笑)。なんだか、ものすごく時代がワープしている感じがします。
高野:親御さんの影響も強いのだと思うのですが、今の若者はファッション偏差値が非常に高い子が少なくありません。最初からお店で売っている商品だけでなく、お父さんのものやお母さんのものも含めて、いろいろなものを全部フラットに交ぜて着ています。「スーパーミックス」は、パリコレだけではありません(笑)。
西:個人の編集力がすごく高まっているのでしょうね。干場さんの若い頃はいかがでしたか?
干場:質を捉える能力は、ある程度知識があって身に付くところがあります。その点、僕が若い頃は、知識がない中で感覚だけで「あれとこれ」みたいにミックスしていたので、当時の自分のコーディネートを今振り返ってみると、斬新ではあるのですけど、正直とても恥ずかしかったりします(笑)。「スーパーミックス」というと、いかにも東京らしい言葉ですが……。結局はデタラメな部分もいっぱいあるんですよ。。ミラノやパリなどでの海外取材の機会が増えて外から日本を見てみると、今まで自分が良いと思っていたものが本当は的外れなんじゃないかと悩んじゃって……。渋カジが流行ったときも、もちろん、すべてわかって買い付けされていた方もいっらしゃると思いますが……。いろいろなショップの人たちのなかには、外国のクラス階級社会を全く理解しないまま、ごちゃまぜに買い付けてきたりしていた部分もあると思うんです。例えば、クラシックなブランドの中に、突然、ワークブランド、ミリタリーウェア、スポーツブランド、スニーカー、そこにハイブランドやラグジュアリーブランド、インディアンジュエリーを交ぜちゃったりとか……。海外から見ると「えっ、それありなの?」みたいな。
西:僕らはそれを鵜呑みして買っていましたけど(笑)。

干場:女子高生たちがバーバリーを巻いて、紺のブレザーに、シェットランドのセーターや軍パン、ジーンズを着たり、ルイ・ヴィトン持って、でもアメリカのルーズソックスを履いて、首元にインディアンジュエリーしちゃうみたいな……。そのクラス社会を全く無視しためちゃくちゃな感覚が、ある時フラットになった瞬間に「東京っぽさ」になったんじゃないかと。
西:クラス階級という概念が日本ではありませんからね。
高野:欧米に限らず、アジアの都市部の若者の大半はファストファッション。超お金持ちやクラスのある若い子はスポーツ系やラグジュアリーブランドを着ていたりしますが、日本はだいたいミックス。特に渋谷はミックス感が強いかなと思います。
干場:それだけ生息している人たちのジャンルが広いのでしょう。ストリートも多いし。女子高生、女子大生、学生はもちろん、音楽好きがいれば、DJやクラバーもいる。百貨店で働いている人もいれば、ラグジュアリーブランドの人もいるし、当然、オジサンなどもいて、生息している人がミックスされている。めちゃくちゃ面白い、そんな街は他にはありません。
高野:確かにないですね。
西:つまり、渋谷はいろいろ多様な人々が居られる場所なのでしょうか?
高野:企業に勤めている人もいるけど、フリーランスの人、インディペンデントで仕事をしている人たちや、外国人もたくさんいます。エスタブリッシュされたものが好きというよりも、カルチャークリエーティブなものが好きという人が多く集まっていて、渋谷はそちら方面に多様だと思います。
干場:あともう一つ、原宿と圧倒的に違うのは、飲食店の数が半端ないということですね。女子高生や女子大生とかだけではなく、社会人でもオジサン、それこそマダムまで楽しめる。おそらく飲食店の数が多いことが、いろいろな人がやってくる要因なのでしょう。ニューヨークは「人種のるつぼ」といわれていますが、僕から見れば渋谷も多種多様な感じがします。ものすごくエネルギッシュですよね。
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