01 WHAT’S SHIBUYA STATION?

「渋谷駅=東急東横店のファサード」 私たちが知る渋谷駅の姿とは?

2022/6/28 公開

テレビのニュースで日々、渋谷スクランブル交差点や渋谷駅の様子が映し出されているが、コロナ禍でその頻度はさらに高まった。日本、東京を想起させる象徴が、ある意味、渋谷駅周辺であると言っても過言ではないだろう。では「渋谷駅」とは何だろうか? 「JR山手線渋谷駅ハチ公改札だ」と言う人もいるかもしれないが、ニュース映像などで流れる印象から、多くの人びとは「渋谷駅=東急東横店のファサード」と捉えている人が多いのではないだろうか。

営業終了日の東急東横店西館・南館(撮影:2020年3月31日)

そう見えるのも当然である。渋谷駅とデパートの歴史を振り返れば、1934(昭和9)年に東急東横線と直結する、関東初の私鉄運営のターミナルデパート「東横百貨店(東急東横店東館)」のオープンから始まる。さらに1938(昭和13)年、JR山手線を跨ぎ道玄坂方面側に竣工した地上4階建ての「玉電ビル(後の東急東横店西館)」は、2階に玉川線・渋谷駅、3・4階に銀座線・渋谷駅を内包する形で建設。その後、玉電ビルはル・コルビュジエの弟子である坂倉準三氏のデザイン設計により、1952(昭和27)年に11階建ての西館(当時は東急会館)に増築される。同じく坂倉氏が手がけた、1970(昭和45)年オープンの「東急東横店南館」にも1階にJR山手線渋谷駅の南改札を擁し、用地の狭い渋谷では駅とデパートが一体的に発展・拡大を遂げてきた歴史がある。

東急東横店東館、「かまぼこ屋根」東横線渋谷駅ホームがあった時代(撮影:2011年1月19日)

東急東横店東館・西館・南館の3館は、長らく「渋谷駅ファサード」として愛され親しまれてきたが、東横線の地下化、建物の老朽化などに伴い、解体及び再整備を余儀なくされる。これが、「100年に一度」と言われる渋谷駅周辺を一体的に再整備する、現在進行形で進む再開発事業である。

2012年4月開業の「渋谷ヒカリエ」(左写真)、2019年11月開業の「渋谷スクランブルスクエア東棟」(右写真)

2012年4月、東急文化会館跡地に「渋谷ヒカリエ」がオープンしたのを筆頭に2013年3月に東横線地上駅が廃止、東急東横店東館が閉館し、その跡地に「渋谷ストリーム」(2018年開業)、「渋谷スクランブルスクエア東棟」(2019年開業)がそれぞれオープンする。渋谷ヒカリエ開業から丸10年を迎え、やや地味な印象が強かった渋谷駅東口エリアの風景は一変。渋谷川の再生、超高層ビル、近未来的な銀座線の渋谷駅やミヤシタパークなど……、久々に渋谷にやってきた人は、「ここは一体どこの国?」とあまりの変わりように目を丸くしているに違いない。

2020年6月にオープンした「ミヤシタパーク」(撮影:2020年6月)

渋谷駅周辺の再開発の第一ステップは「東口エリア」であったが、コロナ禍の2020年3月31日に東急東横店西館・南館が閉館し、その年の秋から解体工事が本格スタート。再開発の主役は、既に東口から「渋谷駅ハチ公口」「西口・南口エリア」へ移り始めている。余談であるが、実はコロナの感染拡大がなければ、2020年4月から9月までの期間、西館・南館はイベントスペース「渋谷エキスポ」として全館リニューアルし、東京オリンピック・パラリンピック開催で来街する観光客をおもてなしする拠点として再利用される予定だった。オリパラの1年延期で「幻のイベント」として実現が叶わなかったのは、非常に残念なことである。

解体工事が進み、70年以上前の「玉電ビル」「ひばり号」の面影を彷彿

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