SHIBUYA BUNKA SPECIAL

発信する「shibuya1000」〜建築から考える渋谷

「shibuya1000」の展示作品の1つ「シブヤのカタチ」は、慶應大学の准教授・小林博人さんが、研究室の学生たちと一緒に制作・発表するインスタレーションです。「自然」「経済」「情報」という切り口で作られた立体的なトポグラフィー(チケイ)の上に、人の動きやコマーシャルアクティビティなど、うごめく渋谷の微文化を映し出す作品が、地宙船をイメージした新渋谷駅の地下コンコースに展示されます。いままで見えなかったシブヤの「チケイ×ひと×微文化」を可視化することで見えてくる「シブヤのカタチ」とは、一体どんな姿をしているのでしょう?銀座の街づくり会議アドバイザーをはじめ、「都市の再設計」の仕事に携わる小林さんに、今回のインスタレーションから見えてくる渋谷の姿や、これから渋谷で起こる大開発に対して、街としてどんな準備をするべきか、今後の可能性について話を聞きました。

※インタビューは2008年9月26日、小林・槇デザインワークショップ事務所にて収録したものです。

1. 渋谷って、いったい何だ!?

2. 写真から考える渋谷

3. ファッションから考える渋谷

4. 建築から考える渋谷

5. 橋本誠さんとめぐる、shibuya1000鑑賞ツアー

ゾーンによって全く異なる性格を表す渋谷が面白い。いろんな層の人たちを受け入れる容器であるはず。
小林博人さん

小林博人さん(建築・都市設計専攻)
1961年東京生まれ。京都大学、同大学院、ハーバード大学大学院デザインスクールで建築設計とアーバンデザインを学ぶ。日本、アメリカ、ドイツにて建築事務所に勤務し、帰国後京都大学で教鞭とった後に再渡米。ハーバード大学大学院で博士号を取得する。1999年より槇直美と小林・槇デザインワークショップを協働主宰。また、米国大手設計事務所SOMの日本代表として、2004年から東京ミッドタウンプロジェクトのマネージメントを行う。2005年より慶応大学大学院、政策メディア研究科准教授として建築・都市設計を教える。現在は、銀座街づくり会議アドバイザーとして銀座の街づくりにも携わっている。
»小林・槇デザインワークショップ

アートが都市の面白さをあぶりだす

--「シブヤのカタチ」の狙いは何ですか?

僕たちは、街の様相をどう捉えるかということを研究テーマにしていますが、渋谷って、そういう意味で捉え難い動きを持った街だと思うんです。それをどう理解するかが、今回の展示のテーマです。具体的には、3つのスケールで立体的な渋谷の地勢図を用意します。まず渋谷の自然の地形がありますよね。「渋谷」っていうぐらいだから谷地で、一番底に駅があって、そこがコアになってだんだん山の方に広がっていく。そういう「自然のトポグラフィー」がベースとして1つあります。一方で、「経済」という尺度で土地の値段を見てみると、駅の中心に近いほど地価は高い。今度は自然の地形とは反対のピラミッド型の「経済のトポグラフィー」が生まれますよね。それからもう1つ、「情報」の軸で渋谷を捉えてみる。今回僕たちが作っているのは、渋谷のGoogle検索の山です。「渋谷」というキーワードで、Googleでヒットする施設名に件数の多い順番で高さをつけていくんです。すると、突然飛び出る要素がある。分かりやすい山じゃなくて、突き出たような山ができるんですね。それが「情報のトポグラフィー」です。その、「自然」「経済」「情報」という3つの切り口から作られた山を見ても、渋谷が、いかにいろんな様相が集まって出来ているかが分かるわけです。

--映像はどのように使われるのですか?

「シブヤのカタチ」の展示風景のイメージCG
© hirotolab2008

地下コンコースに、180cm×180cmの大きさの、この3つの立体地図を壁沿いに立て掛けて設置します。そして、プロジェクターを使い、その地図上にまず人の流れを映します。渋谷のスクランブル交差点から人が動いていく様子をトレースし、どこに歩いていくかをプロットしていくんですね。すると、地形に沿って歩いているのか、経済的な軸に影響されて歩いているのか、情報に振り回されて歩いているのかという関係性が見えてきます。現在、学生たちが実際に渋谷の街へ出て、街行く人びとの動きを細かく調査しているところです。ちょっと、ストーカーみたいですが(笑)、既に50人分のデータが集まりました。そしてそれに加えて、渋谷の街が独自にもつ特徴的な要素、例えばお店のロゴやその分布などのコマーシャル関係の情報や、コミュニティのまとまりや建物の立て込み具合や人の集まる密度感などの街の様相など、これを渋谷独自の「微文化」と呼んでいますが、それを映し込みます。先日、シミュレーションをしてみたところ、それだけの人数でも人の動きが集中するところが意外にあるんですよね。そこはどこか?っていうと、109だったりする。もちろん、性別、年齢や時間帯によっても動きは違うでしょうね。いまは本番に向けて、地図上に映し出す映像コンテンツの収集と編集を進めているところです。

--アートが都市へもたらす影響について、どう考えられますか?

昔から街には彫刻などのパブリックアートがありますが、いまの都市にふさわしいアートって、芸術家がつくったものをただそこに置くだけ、というものとは変わってきていると思います。都市の中で何かが起こるとか、都市の中の人たちが何かを起こすとか、都市とアートは一体になって表現されるものなんじゃないかと思うんです。例えば「代官山インスタレーション」っていうのを2年に1回やっていますが、そこでは若いアーティストや学生から作品募集をして、選ばれた作品は街の中に展示されます。このイベントは、アートを街に溶け込ませることが狙いだと僕は思っています。そうすることで、その土地の味わいとか特質とか、そういった場所性みたいなものを浮き彫りする。そういう都市の風景の中にある美しいものをふわっと浮き彫りにすることが、都市の中のアートなのではないでしょうか。そういう意味では今回の渋谷駅での展示も、すごくいい実験をやってるわけです。渋谷の表層的なダイナミズムの中には、非常に可能性があると思います。だから、展示を見て「渋谷らしさ」を掴んでもらえれば、成功したなって言えるんじゃないかなぁ。

展示用の立体トポグラフィーを制作している様子。慶應大学SFC小林博人研究会 © hirotolab2008

渋谷は成長過程における通過点でした

--渋谷との最初の出会いは、いつ頃でしたか?

最初の出会いは、僕はおそらく5歳位だったので、1966年辺りだと思うんですが、母が僕を連れて何かの用事で渋谷に行ったんですね。そのときに母が忠犬ハチ公の話をしてくれて。母はハチ公が生きているときに見たことがあるって言ってましたね。夕方で、山手線のプラットホームが暗かったこともあったのですが、何かね、陰湿な場所だと感じました(笑)。そのハチ公の話も暗いじゃないですか、いい犬だけど。

--渋谷に自分で足を運ばれた記憶はありますか?

高校が渋谷乗換えの東横線だったんで、高校時代にはよく行きました。公園通りも、そのころ整備されてたんじゃないかなぁ。高校生にとってはすごくあこがれの街でしたね。その時代だから、アイビーファッションのお店を見て回ったりして。デートコースに渋谷から代々木公園を、ということもありました。でも、大学で関西に行き、向こうで働いて7年ぶりに帰ってみて渋谷に行くと、もう世代が僕とは違っていましたね。あまりついていけなかった。もちろん今でも、東急本店、ハンズなど、大人を受け入れてくれる所もありますが、でも「またあそこの店を開拓しよう」って気はしなくなっています。思い出はあるんだけど、それが今に繋がってきてないなって感じがするんですよね。渋谷は成長過程における通過点なのかもしれません。

--都市デザインの観点では、いまの渋谷はどうなっていますか?

渋谷を調べてみると、場所ごとに結構世代が分かれていたりするんですよね。例えば、松濤のように、やがてはこういう所に住みたいと思える住宅街もありますよね。子どもを松濤の公園に連れて行くと、遊んでいる子どもたちが国際的だったりして環境が豊か。ところが、谷一本挟んだ百軒店の辺りなんかは、それとは全く異なる性格じゃないですか。ゾーンによって、性格がかなり違うんです。つまり、本来渋谷はいろいろな人たちを受け入れるキャパシティはあるはずなんですね。だから僕たちのような40代ぐらいの男性が通える場所だって、本当はできると思うんですよね。それなのに渋谷にそういう場所を積極的に発見する気になれないのは、若い子たちの文化が全面に表れていて、少し拒絶反応があるからっていうのは事実ですね。話しは飛びますが、例えば、地球を救う方法は学術的には2つあって、サステナビリティー(持続可能性)と生物多様性だと言われています。今はサステナビリティーばかり強調されていますが、例えば恐竜絶滅の例があるように、いろんな種類の人たちがいないと、もうそれでおしまいになってしまう。街にはいろんな層の人たちがいなきゃ、文化が育たないっていうのは、同じことだと思うんですよね。

--最後に今回のインスタレーションを、どんな方に見てもらいたいですか?

僕たちは建築とか、都市の設計とデザインとか分析なんかを一応専門にしているんですが、同じ分野の人たちに面白い試みだと思われたとしても、それは非常にマイナーなんですよね。今回のインスタレーションの最大の特徴って、パブリックなスペースに、自分たちのつくったものを置くことだと思っています。それが触媒になって、何らかのアクションや交流が起こることが目的。そう考えると、年齢もジェンダーも国籍も様々なあらゆる層の人たちがやって来て、「いったい何これ?でも何だか渋谷っぽいな」っていうふうに感じてくれるといいなと思っています。


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