SHIBUYA BUNKA SPECIAL

渋谷区立松濤美術館

松濤地区の閑静な住宅街に囲まれて佇む渋谷区立松濤美術館。公立美術館ならではの強みを生かし、絵画や写真、彫刻、工芸品など、幅広いジャンルの作品を柔軟に紹介する展示が特徴だ。戦後日本を代表する建築家の白井晟一氏が設計した建物自体も必見。

  時代の“半歩先”を見据えたキュレーションが特徴

渋谷区立松濤美術館

Bunkamuraから神泉町方面に5分ほど歩くと、松濤地区の閑静な住宅街の一角に石造りの砦のような特徴的な外観の建物が現れる。それが渋谷区内唯一の区立美術館である松濤美術館だ。松濤美術館は、1980年、戦後日本を代表する建築家の一人とされる白井晟一氏の設計により開館。花崗岩を野積みした外観のみならず、中庭の噴水を取り囲むように楕円形にレイアウトされた館内も実に凝った趣向のデザインだ。「作品だけでなく、建物自体の鑑賞も楽しんでもらおうという意図でデザインしたそうです」と、教育普及担当の鈴木里和さん。採光にも工夫が凝らされているため、「季節によって空間の表情が大きく異なる」と、足繁く撮影に訪れる写真愛好家がいるほか、建築を専攻する学生の見学も多いそうだ。

吹き抜けの渡り廊下が印象的

年間5本の特別展は、絵画や写真、彫刻、工芸品など、バリエーション豊か。5人の学芸員がそれぞれの専門分野を生かし、持ち回りで企画を立てているとのこと。担当学芸員の一人、矢島新さんにキュレーションの方針を尋ねると、「東京のど真ん中にある“地方美術館”という存在を目指している」という言葉が返ってきた。都内に数多く存在する国公立の大型美術館に対し、規模の面で勝負をしても、到底太刀打ちできない。「だからこそ、大規模な美術館ではこぼれ落ちてしまうが、人々の関心が高い作品を取り上げるように心がけています」。さらに「時代の“半歩先”を見るようにしています」と矢島さんは続ける。「当然、一定数以上の来館者の確保は求められますが、利益だけを追求しなくても良いのは公立の美術館の強みと言えるでしょう。それだけに、ある程度の冒険ができる」。既にイメージが固まっている作家や作品だけではなく、「今はあまり知られていないけど、きっと受け入れられるはず」という視点で特集展を企画することも多いという。

現在、開催中の「Great Ukiyo-e Masters/春信、歌麿、北斎、広重」展は、日本の古美術が専門の矢島さんが企画した。「日本人の美意識やオリジナリティとは何なのか。つねに、その点を考えて企画を立てています。日本人が国際的であろうとするには、逆に日本的なものを深く理解する必要があるでしょう。そういう意味でも意義深い展示になっていると思います」と矢島さん。メジャーな浮世絵師の作品が多いため、初心者でも興味深く楽しめるはずだ。来館者には若者の姿も目立つという。

「Great Ukiyo-e Masters」展展示風景

受身の鑑賞だけでなく、アートを“体感”できるイベントが多彩

軽食も用意されている「サロンミューゼ」

渋谷の中心部からやや離れているため、落ち着いた環境に囲まれているのも松濤美術館の大きな魅力だ。「『少し歩いただけで、こんなに静かになるんですね』と、皆さん驚かれます。散策の途中に寄っていただくケースも多いようです」と鈴木さんは話す。Bunkamuraザ・ミュージアムや戸栗美術館、ギャラリーTOMなどと距離的に近いため、美術館巡りを楽しむ人も多いそうだ。2階の展示スペース「サロンミューゼ」では、ソファに寛ぎ、コーヒーや軽食をいただきながら作品を鑑賞できるのも面白い趣向だ。「まるで自宅で過ごしているかのような寛いだ気持ちで鑑賞できる」といった感想が寄せられているように、じっくりと作品を楽しむ心の余裕が生まれてくる。

美術にまつわるイベントを数多く催しているところも見逃せない。特別展ごとに専門家を招いて講演会を行うほか、地下2階のホールでは年2回のペースでコンサートを開催している。「基本的には、渋谷区民、在勤者、在学者が対象ですが、当日、席が空いていれば、どなたでも鑑賞していただけます」と鈴木さん。毎年3月には地元の小学生の作品を展示するほか、2月には公募展も開いている。過去には日本と中国の小学生の作品を同時に展示し、子どもたちから好評を博したこともあったという。

学生に展示の解説をする矢島さん

さらに、年間8コースの美術教室は、画材さえ用意すれば無料でプロの指導を受けられるほか、美術相談という珍しい試みも実施している。これは、自分の作品を持参すれば、プロの画家によるアドバイスを受けられるというもの。趣味で絵を描く人には非常に喜ばれているという。そのように、受身の鑑賞だけではなく、積極的にアートに参加するきっかけを数多く提供しているのは松濤美術館の特徴の一つだ。決して派手さはないが、心穏やかにアートを楽しめる条件がそろっている。渋谷という一見派手な土地柄にあって、松濤美術館の提供する芸術空間は際立って貴重だ。

もっと美術館が楽しくなる! 達人が勧める鑑賞法「できるだけ固定観念を捨て去って、まっさらな気持ちで鑑賞すること」が美術鑑賞のポイントだと、お二人は話す。「知識先行で鑑賞すると、頭ばかりが働いて作品を感じ取れなくなってしまいます。頭で見るか、目で見るか。それが博物館と美術館の違いと言えるでしょう」と矢島さん。そこで、松濤美術館では、必要な情報は提供しつつも、なるべくストレートに作品を鑑賞できる展示を心がけているという。まずは、じっくりと作品と対峙し、その後で解説を読むという順番でアートを体感してみよう。

渋谷区立松濤美術館

絵画、彫刻、工芸など幅広い分野・時代にわたる特別展のほか、2〜3月には渋谷区に関連する展覧会(区内在住・在勤・在学者による公募展や区内の小中学生による絵画展など)を開催している。展示のほかにも、音楽会や講演会、ギャラリートーク(展示解説)、美術映画会や専門家による美術相談を行なっている。

住所:渋谷区松濤2-14-14 TEL:03-3465-9421
営業時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)※休館日…毎週月曜(祝休日は除く)、祝休日の翌日(土曜・日曜は除く)、年末年始、陳列替えの期間中

渋谷区立松濤美術館オフィシャルサイト

【現在開催中の展示】
「Great Ukiyo-e Masters/春信、歌麿、北斎、広重  ミネアポリス美術館秘蔵コレクションより」
全米の美術館のなかでも、とりわけ日本美術部門が充実するミネアポリス美術館。同館が収蔵する3000点に及ぶ浮世絵作品のなかから、作品の質や状態を考慮して245点を厳選、鈴木春信や喜多川歌麿、葛飾北斎、安藤広重、東洲斎写楽、鳥居清信など、ビッグネームの名品を一挙に公開する。(写真:歌川広重(東海道五十三次 庄野))

開催日時:2007年10月2日〜2007年11月25日
(前期:10月2日〜28日、後期:10月30日〜11月25日)

展示について詳しくはこちら

【次回開催の展示】
「上海 近代の美術」
1840年に勃発したアヘン戦争後、開港場となった上海は海外交易によって発展し、西洋文明も流入した。そうした流れのなか、上海には中国全土から芸術家が集い、日本との文化交流も盛んになって、中国美術の一大中心地として爛熟期を迎える。その当時に生み出された花鳥や人物、山水などの絵画・書・篆刻(てんこく)の優品約200点を国内外から集めて紹介する。(写真:任頤(雙松話舊圖)1887年)

開催日時:2007年12月11日〜2008年1月27日
(前期:12月11日〜24日、中期:12月26日〜1月14日、後期:1月16日〜27日  ※但し、国立故宮博物院の所蔵品は前期:12月11日〜1月6日、後期:1月8日〜27日)

展示について詳しくはこちら

1.芸術の秋、渋谷の美術館で遊ぼう!

2.Bunkamura ザ・ミュージアム

3.渋谷区立松濤美術館

4.ギャラリーTOM

5.東京都写真美術館


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