SHIBUYA BUNKA SPECIAL

ギャラリーTOM

視覚障がい者が彫刻を手で触れ、アートを体感できる美術館としてスタートしたギャラリーTOM。現在は彫刻はもちろん、絵画や写真、ステンドグラスなども展示し、多彩なアートを発信する空間へと進化を遂げている。「人との積極的な関わり」を通じて地域への貢献を語る、その姿勢や取り組みについて紹介する。

  「知的冒険心」をくすぐる意欲的な展示

ギャラリーTOM

「ぼくたち盲人もロダンを見るけんりがある」。渋谷区松濤にあるギャラリーTOMの入り口には、印象的な言葉の書かれたプレートが掲げられている。ギャラリーTOMは、画家や小説家として知られる村山知義氏を父に持つ村山亜土氏と治江夫人が私財を投げ打って1984年に開設した。生来の視覚障がい者だった一人息子の錬氏が、冒頭の言葉を口にしたのに突き動かされてのことだという。「こどもの城」の造形事業部部長を経て、ギャラリーTOMの副館長を務める岩崎清さんは、「設立当時は視覚障がい者が美術を楽しめる施設はほとんどありませんでした。福祉といえば物的な支援ばかりが先行し、障がい者が精神的に豊かな暮らしを送る手助けをすることに目が向いていなかったのです。ギャラリーTOMはその先駆けとなった施設といえるでしょう」と話す。

「ぼくたち盲人もロダンを見るけんりがある」と記されたプレート

 そうした目的から、ギャラリーTOMは、視覚障がい者が手で触れて芸術を感じ取れる彫刻専門の美術館としてスタート。1990年代半ばになり、公立美術館などでも視覚障がい者を対象とした展示機会が広がり始めていったことを受けて、現在は絵画や写真など、彫刻以外にも展示内容を広げ、視覚障がい者や晴眼者が共に楽しめる美術館へと進化を遂げている。

岩崎さんによると、ギャラリーTOMでは「知的な冒険心」を伝えることを重視しているという。その一環として、これまでにも数回、「視覚障がい者がどのように外界を認知するか」をテーマにした展覧会を開催してきた。「例えば、一般的に、視覚障がい者は身の回りの小さな物は手で触れて認知できますが、自分の体の何倍にもなる大きな物は認知しにくい。視覚障がい者にとっては、非常に大きな問題です。以前、どうすれば、そういう大きな物を認知できるかを模索するグループの仕事ぶりを紹介したこともありました」。人間の感覚の限界を乗り越え、どのように可能性を拓いていくか。その探求の過程や成果を広く伝えたいと、岩崎さんは力を込めて話す。まだ開催は未定だが、視覚障がいを持つアメリカ人の写真家による写真展なども企画しているそうだ。その狙いも“知的冒険心”を追求することに他ならない。

「ギャラリーTOM 25周年記念 柳原義達 堀内正和 ズビネック・セカール」展展示風景

受身の鑑賞だけでなく、アートを“体感”できるイベントが多彩

ギャラリーTOM副館長の岩崎清さん

現在のギャラリーTOMの展示の方針について、岩崎さんは「当館は通常の美術館に比べると小さく、街なかのギャラリーよりは大きい。その規模を生かして、まだ世に出る前の作家の作品や、他館では見られない実験的な切り口の展示などを紹介していきたい」と話してくれた。
2007年の春には、ギャラリーTOMに加え、埼玉県立近代美術館と鎌倉文学館で、文学者の澁澤龍彦に関する展覧会が重なったことがあった。埼玉県立近代美術館では渋澤氏の生涯を百科事典的に追い、鎌倉文学館では直筆原稿や遺物を展示する一方、ギャラリーTOMで開催された「澁澤龍彦の驚異の部屋」展では、「渋澤氏ゆかりの作家たちが、澁澤氏の偏愛した事物や観念を形象化・具体化したオブジェを展示する」という独自の切り口で好評を博した。「2008年には、渋澤氏と親交が深かったデザイナーの堀内誠一氏の二人が交わした約80通の書簡を展示する予定です。そうした周辺的な展示から再び渋澤氏の魅力を伝えたいと考えています」と岩崎さん。

館内には点字で書かれた解説が置かれている

建築家の内藤廣氏が設計した建物もギャラリーTOMの大きな特徴だ。異彩を放つコンクリート打ちっ放しの外観とともに、彫刻作品が映えるため、アトリエ風に天井を高くし、採光も大量の光が上から降り注ぐような形式をとっている。ロフトのような造りの上階から展示スペースを見下ろせる趣向も面白い。そのこぢんまりとしながらも開放的な空間は、思わず長居したくなる居心地の良さに包まれている。さらに来館者にとっては、質問などに気さくに応じてくれる敷居の低さも嬉しい。「どんな人にも、まずは作品を“感じ取って”いただくことを大切にしています。ですから、説明を求められても、最初はヒントやきっかけを与えるだけにして、できるだけ自分なりの解釈を深められるようなガイドを心がけています」と岩崎さん。

ギャラリーTOMは、渋谷エリアの文化施設が一体になって情報提供などを行う「あ・ら・かるちゃー」という試みにも参加しているほか、松濤エリアのいくつかの美術館によるギャラリーツアーなどに参加していたことも。「人との積極的な関わりを通じて地域への貢献も推し進めたい」と、岩崎さんは話す。アートを等身大に感じ取ることのできる展示手法や意欲的な試みには、ギャラリーTOMの芸術作品に対するスタンスが表れている。

もっと美術館が楽しくなる! 達人が勧める鑑賞法「食べ物を口に入れた瞬間、『甘い』『辛い』などと感じるのと同じく、美術作品を見ると、その人なりの感情や感想が芽生えます。それを大事にすることが美術鑑賞のポイントではないでしょうか」と、岩崎さんは語る。最初は「これは印象派で──」といった解説的な情報はできるだけ持たずに、まずは作品を穴の開くほど見つめ、感じ、自分の言葉で表す。それを繰り返すうちに、美術を自分なりに鑑賞する眼が養われるはずだと岩崎さんは言う。「外国で見知らぬ物に出合ったら、自分の経験や知識を総動員して、『これは何だ?』と考えるでしょう。美術作品に対面した時も、まずは自分の内部を見つめ直して理解を深めてみてください」。

ギャラリーTOM

1984年に視覚障害者も楽しんで鑑賞できる「手で見るギャラリー」として開設し、現在まで100以上の独自の展覧会を開催している。TOMという名称は、作家・美術家・演出家など多方面で活躍した村山知義のサインに由来する。

住所:渋谷区松涛2-11-1 TEL:03- 3467-8102
営業時間:10:30-18:00 ※休館日:毎週月曜日(祝日を除く)

ギャラリーTOM オフィシャルサイト

【現在開催中の展示】
「ギャラリーTOM 25周年記念 柳原義達 堀内正和 ズビネック・セカール」
開館25周年を記念して、これまでに同館と深く関わってきた柳原義達氏、堀内正和氏、さらにズビネック・セカール氏(チェコ)の彫刻を展示。さらに、村山亜土氏の遺稿をもとにした柚木沙弥郎氏のコラージュと掛井五郎氏の版画『夜の絵』『トコとグーグーとキキ』を通し、村山亜土氏にオマージュをささげる「村山亜土をしのぶ」を同時開催。(写真:ズビネック・セカール作)

開催日時:2007年10月6日〜2007年11月11日

展示について詳しくはこちら

【次回開催の展示】
「柚木沙弥郎 2007」
1949年に国画会展に初出品以来、現在に至るまで、型染や絵本、版画といった作品を精力的に発表し続ける柚木沙弥郎の個展。新作の型染やオブジェなどを通し、民芸的な味わいとともに、温かみやユーモアにあふれる、その作風を紹介する。(写真:柚木沙弥郎作)

開催日時:2007年11月17日〜2007年12月24日

展示について詳しくはこちら

1.芸術の秋、渋谷の美術館で遊ぼう!

2.Bunkamura ザ・ミュージアム

3.渋谷区立松濤美術館

4.ギャラリーTOM

5.東京都写真美術館


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