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KEY PERSON キーパーソンが語る渋谷の未来

渋谷を中心に活躍する【キーパーソン】のロングインタビュー。彼らの言葉を通じて「渋谷の魅力」を発信します。

プロフィール

1953年東京生まれ。1975年、桑沢デザイン研究所デザイン科を修了。イラストレーションやキャラクターデザイン、雑誌連載、装幀、アニメーション、ナレーションなどを手がける。1992年よりテレビ朝日系「タモリ倶楽部」空耳アワーに出演するほか、音楽バンド「チョコベビーズ」「 FOOLLENS(フーレンズ)」、みうらじゅんさんとの「勝手に観光協会」、「工作」をテーマにした展覧会バンド「OBANDOS(オバンドス)」など多彩な活動を展開中。

イラストレーターやアートディレクターとしての活躍のほか、テレビ朝日系「タモリ倶楽部」のソラミミストとしてもお馴染みの安齋肇さん。最近は音楽活動にも力を入れるなど、ますます意欲的に活動の幅を広げています。安齋さんと渋谷との出会いといえば、青春時代を過ごした「桑沢デザイン研究所」まで遡ります。学生時代の思い出からこれからの渋谷の未来に望むことまで自由に語っていただきました。

桑沢に入ってから遊ぶ場所はずっと渋谷だった

--最初に渋谷を訪れた思い出は?

中学時代に仲良しグループがあって、そいつらと一緒に来たのが最初かな。六本木なんかも行ったけど、その時は地元の池袋のほうがいいじゃん、と。デパートが大好きだったんですよ。当時はデートでも、デパートを上から下まで回っていたから。次に渋谷に来たのは、たぶん、高校1年でエキストラのバイトをした時ですね。公園通りにものすごい古い、探偵物語にでも出てきそうな怪しいビルがあって、そこが事務所だったの。契約時に判子を押したんだけど、これはやばいんじゃないか、売られちゃうんじゃないかと、ビビっていましたね。でもエキストラのバイトはなかなか良くて、1日5,000円くらいは貰えていたんじゃないかな。待ち時間がほとんどだったから、当時にしたら悪くない額ですよ。大部屋で待たされて、老いた名優みたいなおじいさんに「高校生なんだから勉強せい!」とか、よくいじられていましたね(笑)。

--渋谷で遊ぶようになった時期は?

かつてアナログレコード屋が集積したシスコ坂。

桑沢に入ってから、遊ぶ場所はずっと渋谷。レコード屋ばかり回っていたな。今は随分少 なくなったけど、宇田川町あたりのレコード屋を流浪していましたよ。毎日、親から昼食代をもらうのだけど、渋谷公会堂の地下食堂で一番安いかけそばを食べて、桑沢の自販機でコーラを買って一日を過ごすと、一週間で1枚のレコードが買えたのね(笑)。いま考えると食べてなかったせいか、嘘みたいにガリガリでしたね。50キロを切ってたから。最近、その頃に買ったパンタロンを発見したんだけど、笑っちゃうくらい腰が細くて(笑)。Tシャツはコントみたいにパツンパツンですよ。あと、渋谷西武にあった「アール・ヴィヴァン」という洋書屋にも散々通いました。その頃は、あまり将来の仕事について考えていなかったけど、漠然とレコードジャケットを作りたいという夢はあったんです。横尾忠則さんが憧れの存在で。だからレコードもジャケットばかり見ていたし、洋書のデザインにもすごく興味があったんです。英語は分からなかったけど、棚の端から端まで見ていてもぜんぜん飽きなくて、2、3時間は平気で過ごしていましたね。その頃に吸収したことが、今の基礎になっているとも言えますね。

渋谷は雑多なものが成り立つカオスな街

--当時と今の渋谷には、どのような違いがありますか?

あの頃は、センター街にはポツリポツリとしかお店がなかったな。それから今考えると驚きだけど、公園通りの裏手にラブホが集まっていたんだよね。今でも、あの辺りを女の子と一緒に歩くとドキドキしちゃうからね。今の渋谷は「ファッションの街」という感じだけど、昔は質屋や日用雑貨とか、バラックのような小さな個人商店がたくさんあって、雑然とした生活感のある感じが好きでしたね。トイレのサンダルから高級サンダルまでが一緒くたになっている街だから、歩き回っていると、良い物と悪い物を見分けるセンスみたいなものが自然と磨かれた気がする。渋谷の街でいろいろ学びました。日が暮れると街全体がとても暗く感じたのも、今との違いでしょうね。

渋谷駅コンコース内に展示される「明日の神話」

飲み屋もありましたが、今のように夜通し遊べる街ではなかった。だから、友だちと飲む時は決まって誰かの家。四畳半に男ばかり11人が集まって飲んだりして(笑)。今と昔では、若者の飲み方も違う感じがしますね。あと今年の5月に、JR渋谷駅と井の頭線の間に飾られている岡本太郎さんの壁画がいたずらをされたでしょう。あれは原画に原発の絵をはめ込んだものだったけど、一昔前だったら、もし僕らがやるなら、きっと直接描き込んじゃっていましたよね。いけないことではあるけど、いたずらにしてもどこかスマートで、土足で踏み込むような乱暴さがない。今の若者らしさ、渋谷らしさを感じた出来事でしたね。

--最近の渋谷の若者を見ていて感じることは?

ガングロの女の子が現れたり、ズボンを下げてパンツを出した男の子が歩いていたり、楽しいですよね。結局、昔から変わらないんですよ。僕たちの時は、花柄のベッチンのパンタロンを履いてラメの入ったジャケットを着ていたけど、渋谷では許されたんですよね。大変なのは、家を出る時。母親から「そんな格好で外に出るな」とか言われるのは、きっと今も昔も一緒でしょう(笑)。渋谷では開放されるし、表現できる。だから今も雑多な人が集まってくる。訪れる人の目的もさまざまですしね。ファッションやグルメ、美術を目指して来る人もいれば、ギターを探しに来るおじさんも、エッチをしに来るカップルもいる。とてもカオスな街だと思いますよ。そのように一つのジャンルに集約されずに、いろいろなものが成り立つ街は平等で自由で美しいと思いますね。その意味では理想的な街といえるかもしれない。

写真中央=代々木第一体育館前に建つ「桑沢デザイン研究所」。1954 年創立の日本の「デザイン」教育を支える専門学校。安齋さんが通っていたころの旧校舎は既に建て壊され、2005年に現在の新校舎がオープンした。

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