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DATA × SHIBUYA データから探る渋谷の日本一

渋谷はどんな分野で「日本一」になっているのか?定量的な調査データをもとに、意外に知られていない渋谷の隠れた魅力を紹介します。

DATAアイコンITベンチャーに選ばれる街――「渋谷」

ITベンチャーに選ばれる街――「渋谷」

渋谷はなぜ、ITベンチャーに選ばれるのか

いわゆるITバブル真っ盛りの頃、渋谷は「ビットバレー」と呼ばれてITベンチャーが集積し活況を呈した。ところが、ITバブルの崩壊によってムーブメントは下火となり、2003年に六本木ヒルズがオープンすると、「成功したITベンチャー」はこぞってヒルズに移るという流れが生まれ、「IT=渋谷」というイメージは徐々に消えていくことになる。とはいえ、時代を象徴するムーブメントの主役を「渋谷」から「六本木」「秋葉原」へ譲りながらも、実は渋谷における「IT文化」は途絶えることなく続いていた。2000年以降、東京都では2317社のIT企業(2317社)が設立されているが、このうち渋谷区を拠点とする企業は588社と最も多く、以下、港区(501社)、千代田区(274社)、新宿区(212社)、中央区(181社)と続く。

次に街ごとの状況を見てみよう。2000年以降、主要9市街地(渋谷、原宿・表参道、六本木、新宿、池袋、東京・丸の内、銀座・有楽町、新橋・汐留、品川)に設立されたIT企業は、643社だった。この中で渋谷は306社と過半数に迫る勢いで、新宿(78社)、銀座・有楽町(60社)、六本木(57社)などを大きく引き離している。こうした調査結果から、ビットバレー時代のような派手なイメージはないものの、渋谷は「ITベンチャー」から選ばれる街であることがよく分かる。

ここで疑問となるのが「どうして渋谷にはこれほどITベンチャーが集まるのか?」という点だ。その理由を探るため、1990年代後半に起きたビットバレー・ムーブメント以降の動向を振り返ってみよう。

ビットバレー・ムーブメントの隆盛と終焉

サンフランシスコのITベンチャーの一大拠点である「シリコンバレー」になぞられた「ビットバレー」という呼称は、「渋い(Bitter)」と「谷(Valley)」に、データの最小単位「bit」をかけた造語だ。1998年、松濤にオフィスを構えたネットエイジ代表の西川潔氏が提言した「Bitter Valley構想」の中で初めて使われた。この構想は、渋谷にITビジネスの企業を誘致し、情報共有や競争を通してITベンチャーを底上げし、オープンな相互扶助を目指すというものだった。米国発の「ドットコム企業」の隆盛を受け、日本でもITベンチャーの起業が活発になっていた時期であり、この構想に呼応して多数のスタートアップ企業が渋谷に進出した。こうしたビットバレー・ムーブメントを通じて、GMO(当時、インターキュー)・熊谷正寿氏氏、サイバーエージェント・藤田晋氏、DeNA・南場智子氏、元ライブドア(当時、オン・ザ・エッヂ)・堀江貴文氏など、今日のIT業界を担う数多の起業家が輩出されている。ビットバレー・ムーブメントの最中である1999年12月、21世紀型のデジタル情報発信型商業施設として誕生したQFRONT(キューフロント)は、当時の渋谷の世相の象徴と言ってよいかもしれない。

若いIT起業家やチャレンジャーを歓迎する街

なぜ、ムーブメントの中心地が、丸の内でも新宿でもなく、渋谷であったのかという問いに答えるには、少々考察が必要だ。1964年に開催された東京オリンピック以来、渋谷にはNHKや大手レコードメーカーをはじめ、映像、出版、広告などのクリエイティブ事業を展開する企業が集まっていた。そうした「感性」に重きを置く事業と、新しい新興勢力であるIT企業とのマッチングがとても良かったこと。加えて渋谷は、ファッションや音楽をはじめ、新たなカルチャーを生み出し発信してきた街であり、大都市でありながらインデペンデントな活動をする企業や個人も多く、新たなチャレンジを歓迎するムードに満ちていた点も大きい。また、ネクタイ、スーツの丸の内スタイルとは異なり、Tシャツ、ジーパンスタイルでも許される渋谷の風土も、若いIT起業家を誘引する大きな一因となったのではないだろうか。

同時に街の整備が進み、ある程度成長したITベンチャーを受け入れられるようになったことも見逃せないポイントだ。2000年4月には渋谷マークシティが誕生し、急速に規模を拡大したサイバーエージェントが本社を移転。さらに2001年5月に開業したセルリアンタワーには、GMOやネットイヤーグループなどがオフィスを構えた。それこそ古い雑居ビルの一室から駅周辺の大規模な最新オフィスビルまで、受け皿の整ったことに伴い、あらゆるステージの企業が混在し集積する街へと変貌を遂げた。こうした裾野の広さや層の厚さは、他の街には見られない渋谷らしいの特徴と言えるだろう。

だが、2001年頃になると、いわゆるITバブルの崩壊により、ビットバレームーブメントの雲行きは怪しくなる。また2003年4月には六本木ヒルズがオープンし、ヤフーや楽天、ライブドアなどのIT企業の移転が相次いだ。こうした流れの中で、「IT=渋谷」というイメージは、徐々に弱まっていく。確かに一時のムーブメントは終焉したものの、IT文化が粛々と受け継がれてきたことは、前出のデータが示すとおりだ。

IT時代の到来を受け、今日の渋谷のランドマークであるQFRONT(右手前、1999年12月開業)、渋谷マークシティ(中央、2000年4月開業)、セルリアンタワー(左、2001年5月開業)が次々に生まれた。

個人の時代へコワーキングスペースに表れる新潮流

IT革命から10年を経た2010年代に突入し、渋谷におけるITカルチャーが再び活発な動きを見せ始めている。2011年、渋谷区東に渋谷ファーストタワーがオープンし、ミクシィ、ぴあ、グルーポンジャパンなどが入居。続いて2012年、渋谷駅東口の東急文化会館跡地に「渋谷ヒカリエ」がオープンすると、DeNA(モバゲー)、NHN(ライブドア、NAVER、LINE)、スタートアップ支援プログラム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」などが拠点を構えた。さらに大企業ばかりではなく、道玄坂周辺にはロフトワーク(道玄坂 1)をはじめ、情報サイトを運営する「nanapi(ナナピ)」(道玄坂1)、オンラン学習サービス「schoo(スクー)」(道玄坂1)、ソーシャル旅行サービス「trippiece(トリッピー)」(道玄坂 2)などスタートアップ企業が集まりはじめ、ビットバレーの復活の兆しが見え始めてきた。

「co-ba shibuya」で開催されたイベントの様子

また、加えて渋谷らしい動きといえるのが「コワーキングスペース」の急激な増加だ。現在、渋谷には「co-ba shibuya」(渋谷3)や「PoRTAL Shibuya」(渋谷1)など、大小約30カ所のコワーキングスペースが存在し、いわゆるノマドを標榜するIT系ワーカーやクリエイターが集まっている。そこで出会ったノマドワーカーたちは、ウェブデザインやコーディング、アプリ制作など、互いの得意分野で連携を取りながら、1つのプロジェクトを完成させていく。企業に属さずとも、緩やかなネットワークを巧みに活用すれば、大型案件であってもこなすことが出来る「個人の時代」の到来と言えるだろう。さらにコワーキングスペースの集積に伴い、2013年にはクラウドソーシングサービスを運営する国内大手のランサーズ(渋谷3)、クラウドワークス(道玄坂1)が渋谷に移転するなど、これからの時代の「新しい働き方」を体現できる場としてのポテンシャルが高まっている。

自由な空気に満ちた渋谷の街で、今後、どのようなカルチャーや新しいビジネスが生み出されていくのだろうか。大いに期待し見守っていきたい。

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