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シブヤ・ビットバレー復活 大手IT4社が手を組み「エンジニアが働きやすい渋谷」を目指す

90年代後半、渋谷にITベンチャーが集積し、「シブヤ・ビットバレー」と呼ばれて一大ブームを巻き起こしたのを覚えているだろうか。

「シブヤ・ビットバレー」というネーミングは、米サンフランシスコ・ベイエリアのITベンチャーの拠点「シリコンバレー」を文字って、渋谷の「渋い(ビター)」と「谷(バレー)」を組み合わせた造語である。そもそもは1998年、東急Bunkamuraの裏手、松濤に事務所を構えるネットエイジ代表・西川潔さんらの構想で起業したばかりのITベンチャーを集め、情報共有や競争を通じて底上げを目指したのがきっかけ。この構想に賛同したGMOインターネット(当時、インターキュー)・熊谷正寿さん、サイバーエージェント・藤田晋さん、DeNA(当時ビッターズ)・南場智子さん、元ライブドア(当時、オン・ザ・エッヂ)・堀江貴文さんなど、今日のIT業界を担う若手起業家が多数集まり、IT産業勃興ののろしを上げた。その後、2000年以降のITバブル崩壊や、2003年に六本木ヒルズが開業したことなども影響し、わずか数年で「シブヤ・ビットバレー」ブームは過ぎ去った。

▲左からミクシィ・村瀬龍馬さん、ディー・エヌ・エー・南場智子さん、長谷部健渋谷区長、GMOインターネット・熊谷正寿社さん、サイバーエージェント・藤田晋さん

20年の時を経て、渋谷を拠点とするサイバーエージェント、ディー・エヌ・エー、GMOインターネット、ミクシィのIT大手企業4社が手を組み、「シブヤ・ビットバレー」の再興を進めている。先日9月10日には、4社が協賛するテックカンファレンス「SHIBUYA BIT VALLEY 2018(シブヤ・ビットバレー2018)」が開催された。

なぜ、いまシブヤ・ビットバレーの復活なのだろうか?

「シブヤ・ビットバレー再興」の仕掛け人である、サイバーエージェントの技術政策室室長・長瀬慶重さんはこう説明する。「IT企業の中の技術者の需用性が増し、技術者不足が社会問題化する中で、渋谷のIT企業が協力し合ってアプローチできないか」という思いからスタート。90年代後半、創業間もなかったスタートアップ企業であった4社は、今や日本を代表する大手IT企業へと成長を遂げている。互いに競合ながらも、「業界が抱える課題に対して、前向きに協力し合っていこう」という意思表示が「シブヤ・ビットバレーの再興」に結び付いているのだろう。

▲再開発が進む渋谷駅前の将来イメージ(画像提供=渋谷駅前エリアマネジメント)

さらに渋谷ヒカリエに本社を構えるディー・エヌ・エーに加え、来年2019年にサイバーエージェント、ミクシィは渋谷駅に建設中の高層ビル「渋谷スクランブルスクエア(東棟)」、GMOインターネットは「道玄坂一丁目駅前地区(旧・東急プラザ)」に新社屋を構え、駅前に4社が集結することも決まっている。技術者不足や新社屋移転など、「様々な時流が重なって、今回のイベントになった」(長瀬さん)とタイミングが噛み合ったことが大きいという。
▲9月13日に開業した「渋谷ストリーム」。今後、グーグル日本法人が拠点を構えることが決まっている ▲来年秋に開業予定の「渋谷スクランブルスクエア東棟」。サイバーエージェント、ミクシィが入居することが決まっている ▲来年秋に開業予定の「道玄坂一丁目駅前地区(旧東急プラザ)」。GMOインターネットが入居することが決まっている

「渋谷で働くエンジニアは楽しい」をテーマとした今回のイベントは、協賛4社に加えてグーグルやクックパッドなど、計22社の経営者、技術者が参加し、24のセッションが行われた。「ほぼ満席」の会場には、1,000人の若手エンジニアや起業家志向の若者たちのほか、スカラシップ枠(交通費支給)として招待された地方在住の学生120人も参加した。

イベントオープニングを飾ったキーノート(基調講演)には、ディー・エヌ・エー・南場智子会長、GMOインターネット・熊谷正寿会長兼社長、サイバーエージェント・藤田晋社長の3人がそろって登壇し、「シブヤ・ビットバレーからの20年」「渋谷がエンジニアにとって最適な理由」などについて各々の考えを述べた。

|渋谷が持つ多様性のある土地柄に育てられた

「シブヤ・ビッドバレー」の渦中にいた3人は、当時のブームを次のように振り返った。

まず、熊谷社長は「第1回のベンチャーの会合は私どもの会議室で行われ、シブヤ・ビットバレーが産声を上げました。また1999年に(弊社が)ジャスダックに上場し時価総額1,200億を付け、渋谷のクラブで開いたビットバレーのパーティーの中で報告して、その場が沸いたことを昨日のことのように覚えています。90年代後半にその場に居合わせたことを本当に良かった」と懐かしむ。

さらに渋谷を拠点に選んだ理由を次にように明かす。「1995年に青山で創業して、その時は数十人。オフィスが狭くなって、事業拡大のために渋谷に引っ越してきたが、その時には渋谷区には申し訳ないが都落ちだと感じていました。仲間の中には行きたくないという声も(笑)。ビットバレー時に100人くらいだった会社は、現在5600人を超える規模になった。その急膨張を支えてくれたのが、多様性のある渋谷という土地柄だった」と振り返り、もともとは不本意だった渋谷への移転が「今日の成長を支える原動力になった」という。

▲サイバーエージェント代表・藤田晋さん

続いて、藤田社長はなぜ渋谷を選んだのだろうか。

「僕が青学出身で渋谷に詳しかったこともあるのですが、ネットに詳しい優秀な若い人材を採るときに、丸の内を拠点にするよりも渋谷だと思ったから」。さらに「僕らは90年代後半のブームの真ん中にいましたが、まさに株式市場が熱狂したネットバブルだったと思う。現在のエンジニアたちは地に足が着いていますが、当時のシブヤ・ビットバレーはヴェルファーレでパーティーを開くなど、パリピ感が強かった(笑)」と軽い学生ノリがあったと笑う。「当時は100人に満たない社員数でしたが、現在は社員数5,000人、渋谷で働く有期雇用を合わせると8,000人規模になりました。時代が変わって、渋谷に集まって来る会社の質も変わってきています。このタイミングで『新しく仕切り直す』というのは意味があること」とこの活動を応援していきたいという。

その一方、「パーティーや人前が苦手だった」という南場さんは「当時シブヤ・ビットバレーには1回くらいしか参加しなかったのですが(笑)。ただ、当時テックカンパニーはネットに閉じていた時代だったので、外部との接点はパーティーくらいしかありませんでした。今はテックカンパニーの活躍領域がどんどん外に広がり、オートモービルやウェルネス、スポーツなどにも拡大し、地面と空間との関わりを積極的に持てる時代になった」と20年間で仕事の質が大きく変わったという。「この会社(旧ビッダーズ)は渋谷生まれ渋谷育ち、私自身も渋谷区民なので、すごく思い入れがたくさんある。来年3月で20周年を迎えるので、改めてビットバレーが盛り上がるのはうれしい」と期待を寄せる。

3人ともに「渋谷に育てられた」という思いが強く、恩返しの意味も込めて「今回のシブヤ・ビットバレーの復活に協力していく」と改めて意志を表明した。

|渋谷はエンジニアにとって働きやすく、居心地がよいホーム

前回のシブヤ・ビットバレーは、海のものとも山のものとも知れないITベンチャーの大化けを期待した「投資」が主役であった。当然のことながら、惣明期にある業界はギャンブル性も高く、潰れる企業も後を絶たず、結果的に企業価値に見合わない投資の熱狂がネットバブルの崩壊を導いた。ある意味、4社はこうした紆余曲折を乗り越えて、現在のポジションを築いたといえるだろう。さて今回、シブヤ・ビットバレー再興の一番の目的は、成長期にあるIT業界の共通課題である「ITエンジニア不足の解消」。同イベントは「渋谷=ITエンジニアの街」としてのアピールが狙いだ。

エンジニアが働く場としてなぜ渋谷が最適なのか、次に各代表が考えるその理由を見ていこう。

熊谷さんはこうアピールする。「みなさんがエンジニア志向や、ITベンチャー経営者志向であることは正しい選択だと思う。なぜならば、23年前に私たちが会社を立ち上げた時には、『ITが新しい産業革命である』といっても誰も信用してくれなかったし、相手にしてくれませんでした。この23年間で、ITは紛れもなく産業革命であることは誰しもが疑わなくなった。過去の産業革命は平均55年間続いている。従って、今インターネット革命は、24時間に例えるなら、今ちょうどランチを食べているくらいの時間に相当。これから、まだ美味しいディナーが待っている産業が、このインターネット産業なのです。つまり、みなさんがエンジニア志向、IT経営者志向であることは、正しい選択といえるでしょう。僕ももう一度生まれ変わっても、またこの業界に舞い戻ってきたい」。

▲GMOインターネット代表・熊谷正寿さん

さらに「IT業界で働くなら、紛れもなく渋谷が正しい」と熊谷さんは念を押す。「現在、東急電鉄さんが、全力でIT企業向けのビルを建てています。たとえば、グーグルが渋谷ストリームのオフィス棟をすべて借り切ることが決まっていて、おそらくあのビルの上には燦燦とグーグルというロゴが並ぶでしょう。また、サイバーエージェントは渋谷スクランブルスクエアとアベマタワー、私たちGMOは「旧東急プラザ」に建設中のビルを借り切り、セルリアンタワーとの2館体制にする予定です。そう考えると2年後、渋谷駅の周囲はIT系企業が入る巨大なビルばかりになります。必然的に飲食店もどこもIT系の社員やエンジニアばかりになるはず。エンジニア向けの勉強会もきっと増えるでしょうし、同業者との接触機会も増え、必ずそこからイノベーションが起こります」。この2つの点からエンジニア、起業家を目指す人にとって、「渋谷は最適な地である」と熊谷さんは強くアピールした。

もう一つ、藤田さんがエンジニアにとって働きやすい理由をこう付け加えた。

「24歳で会社を作って、いま45歳なんですが、確信を持って言えるのは『仕事の楽しさはホーム感』。学生時代を振り返ると、ゼミや研究室で時間を忘れ何かに夢中になっていた人も多いと思う。でも働き始めると、結構アウエーを感じる場所が多くて、そういうところではやたら時間が長く感じます。たとえば、銀座の高級クラブは僕の歳でもアウエー感があるけど、六本木や西麻布だと何となく気が楽とか。ゴルフ場も名門クラブは礼儀が厳しくてものすごくアウエー感があるけど、若い起業家がつくったイーグルポイントだと居心地がいいとか。謎の権威や習慣、理不尽な上下関係は未だに大きな会社に残っていますが、渋谷はエンジニアにとっての圧倒的にホームだなと実感している」。

スーツ族の多い丸の内に比べ、カジュアルな雰囲気が漂う渋谷は、エンジニアにとって居心地がよく、本来自分が持つ力を十分発揮できる場と言えそうだ。

では、実際にどんなエンジニアを求めているのだろうか。

南場さんは「DeNAのDNAは『挑戦』。もともと創業時はEコマースの専門の会社でしたが、どんどん新しい事業の柱が追加されています。なぜそうなったか? 『こういうアイデアを形にしたい、こういう事業をやりたい』という各メンバーの熱量を事業にして、追加していったら、結果的にこうなった。もちろん今までに苦難も経験しましたが、熱量を失ったら、DeNAではないと思う。私は自分たちを『永久ベンチャー』だと呼んでいて、エスタブリッシュに抗い、常に新しい挑戦をしつづける企業であり続けたい」と語気を強める。

さらに「私はよく『ザクロをひっくり返せ!』と表現するのですが、要するにもっと企業をオープンにして、どこに行っても通用する人材に育てほしいと思う。その人材がDeNaに属していようがいまいが、誰とでもコラボレーションができる。DeNAの中だけで通用するエンジニアにはなってほしくない」と企業内だけで収まらない、ポテンシャルの高い人材へと育ってほしいとエールを送る。

▲ミクシィ創業者・笠原健治さんのビデオメッセージ。「学生時代に起業して以来、ずっと渋谷で働いている。サービスづくりはとても楽しくて、何か思いついた瞬間、アイデアを形にしていく作業。そしてリリース後にユーザーに浸透していく中で、自分たちの考えが検証されていく瞬間が一番快感で病みつきになる。サービスづくりに関わる人達が増えればいいなと思う」

|お金ではなく、「夢中になれる」「人の役に立つ」仕事をしてほしい

「自分にとって幸せなことは何か?」と南場さんは問う。「私が幸せを感じるのは、1つは誰かの役になっていると実感。それからもう1つは夢中になっているという状態。もちろん、それぞれ価値観が違うから、すべての人に同じように当てはまるわけではないけど、何かに夢中になって向き合い、出来上がったものをお客さんに使って喜んでもらえる。そういうビジネスって、本当にたまんないなと思う」。

▲DeNA会長・南場智子さん

「具体的な事例を挙げると、我が社には「Anyca (エニカ)」というカーシェアリングのサービスがあるのですが、あれを提案してきたのは新卒3年目の2人の若者なんです。私は車好きで、自分の愛車をシェアするなんて全く考えられないので、全然ダメって。でも彼らは3、4回も食い下がってきて、私がもうゴメンって。彼らのデータや事業プランは私の見ている狭い世界、主観を超えているから渋々認めざるを得なくて……。その後、2人の若者はエニカを形にするために夢中になって頑張って、最終的にサービスを形にしました。もちろん世の中の何百万人が使うようなサービスには、まだ成長していないのだけど、その2人のなんとも幸せそうなこと。『夢中』になった成果として、それが誰かの役に立つのであれば、それも幸せなことだと思う」。「『人の役に立つ』『夢中になれる』仕事こそが一番」と持論を展開した。

同じく熊谷さんも「一度しかない人間の寿命や人生を、何になら捧げられるかを考えてほしい」と若いエンジニアたちに質問を投げかける。

「人生を何と引き換えにできるだろうか? もし1000万円で人殺しができる人がいるなら、その人は1000万円の価値しかない人。人殺しなんて誰もしたくないけど、そのやりたくないことが出来る金額が、心動くお金がその人の価値だと思う。もちろんお金は潤滑油として大事だけど、お金はあくまでも結果であって目的であってはならないんじゃないかと。やっぱり、自分の命、限られた時間と引き換えるなら、多くの人達の笑顔と引き換えたほうが良い。自分がつくったもので、多くの人々に喜んでもらえる。そういう人生を歩むのが本当の幸せなんじゃないかと思います」と力を込め、「もしIT業界が正しいと思うなら、この渋谷の地でお務めになったり、起業されたりして僕らと一緒に盛り上げましょう。そして、この渋谷から多くの人々に喜んでいただけるサービスを開発・提供して、笑顔溢れる世界に変えていきましょう」と最後に結んだ。

IT企業の黎明期から業界をリードし続けてきた3人の言葉は、若いエンジニアにどう響いたのだろうか。シブヤ・ビットバレーの復活が、今後の渋谷にどんな変化を与えていくのか、注目していきたい。

今回のイベントは#0と位置づけられ、来年の夏に1週間程度の日程で#1のテックカンファレンス開催を計画する。そのほか、渋谷区、4社間での様々な実験や取り組みもしていきたいという。

編集部・フジイタカシ

渋谷の記録係。渋谷のカルチャー情報のほか、旬のニュースや話題、日々感じる事を書き綴っていきます。

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