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維持派のサルガドと、新興派の野島

モノクロ写真の巨匠といえば、先日、このブログで紹介した写真家、セバスチャン・サルガド氏を思い起こす人も多いかもしれない。その巨匠たる彼でさえ、既に銀塩フィルムと決別し、デジタルカメラでの撮影に移行したそうだ。その大きな理由のひとつに9.11以降の空港におけるX線検査の強化が挙げられる。折角、世界各地で撮影したフィルムにX線を通して感光してしまったら、それこそ写真のみならず、頭の中も真っ白になってしまうだろう。もちろん申請手続きをすれば、X線検査を避けることも可能であるが、度々世界各地へ渡航するフォトジャーナリストにとっては、非常に煩わしいものと言わざるを得ない。よく9.11は世界を変えたと言われるが、それは写真家にとっても大きな転換期となったようだ。とはいえ、そこはサルガド氏、銀塩写真の黒から白までの階調の幅を、いかにデジタル写真で再現できるか研究を重ね、現在ではデジタルで撮影した画像を一旦ネガフィルムに起こし、それをプリントするという「半デジタル半アナログ」の手法を取り入れているそうだ(もちろんのその過程には、様々な企業秘密があるはずだが・・・)。

このように写真家はカメラやフィルムの発達や衰退に伴って、新しい試みや表現方法を見つけていかなければならない。数日前、渋谷・松濤美術館で鑑賞した回顧展「野島康三−肖像の核心展」にも同様なものを感じた。サルガド氏の場合は、デジタルの台頭で失われてしまったアナログの良さをいかにデジタル写真で維持できるかに力を注いでいる一方、野島氏はプリント技術の進歩に伴い、彼自身の写真表現そのものを大きく変えていった写真家の一人といえる。今からちょうど120年前、1889年に生まれた野島康三氏は、学生時代から20代にかけ、感光液を塗布した紙にネガを重ね、複数回の露光を繰り返す「ゴム印画法」による作品を多々発表している。「肖像画」「裸婦画」「風景画」「静物画」など、まるで絵画のような構図と表現方法からピクトリアリスム(絵画主義写真)と呼ばれたが、こうした背景には、「ゴム印画法」によるプリントが「銀塩」のようなクリアなものではなく、木炭や鉛筆で描いた素描に近いものであったことが大きい。いわば、そのプリント技術を最大限引き立たせる表現こそが、ピクトリアリスムだったといえるかもしれない。その後、既成の印画紙を使用した「ブロムオイル印画法」、さらに彼が40代になる頃には、銀塩フィルムを製品化する国内メーカーが登場。それに伴い、野島氏は銀塩フィルムへ移行し、従来のピクトリアリスムの「肖像画」は「ポートレイト」へ、「裸婦画」は「ヌード」へと写真表現がより自由に動きのあるものに変化を遂げていく。もし、野島氏が生きていたなら、今のデジタル写真を見て何を思い。そして、どんな写真表現に挑戦していたのだろうか。つい、そんな思いがよぎった。

野島康三の足跡を辿る回顧展「肖像の核心展」は11月15日(日)まで、渋谷区松濤美術館で開催されている。「ゴム印画」の素朴でどこか温かさを感じる写真は、シャープで垢抜けたデジタル写真とは真逆なもの。誰もがそれなりの写真撮影が可能となった現在、私たちの求めるものは隙のない完全なものよりも、むしろ不完全な味わいなのかもしれません。Bunkamuraの「ロートレック展」に足を運んだ折に、松濤まで少し足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

生誕120年 野島康三 肖像の核心展
○会期:〜2009年11月15日(日)
○場所:渋谷区松濤美術館
○料金:入場料300円

<参考記事>
*写真家・大藤健士さんが野島氏のネガを使って「ゴム印画法」に挑戦しています。
http://d.hatena.ne.jp/kenshi_daito/20091003

*セバスチャン・サルガド氏の写真展「アフリカ」に関するブログ記事
http://www.shibuyabunka.com/blog.php?id=418

編集部・フジイタカシ

渋谷の記録係。渋谷のカルチャー情報のほか、旬のニュースや話題、日々感じる事を書き綴っていきます。

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