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KEY PERSON キーパーソンが語る渋谷の未来

渋谷を中心に活躍する【キーパーソン】のロングインタビュー。彼らの言葉を通じて「渋谷の魅力」を発信します。

インタビューアイコン

木村知郎さん
(SHIBUYA109エンタテイメント 代表取締役社長)

若者の活気が、世界への発信を高める。
僕らSHIBUYA109は、若者の笑顔を一つでも多く増やしていきたい。

プロフィール

1964年、東京・世田谷区生まれ。大学卒業後、東急電鉄に入社。様々なセクションの経験を経て、2007年、飲食事業を運営する「東急グルメフロント」の社長に就任。東京急行電鉄 鉄道事業本部を経て、2016年に「東急モールズデベロップメント」へ異動し、SHIBUYA109事業本部長に就任。2017年4月、「東急モールズデベロップメント」から分社化する形で「SHIBUYA109エンタテイメント」が誕生し、同時に代表取締役社長に就任。現在、「新しいSHIBUYA109づくり」に向けて、109MEN’Sの名称変更や全面改装、SHIBUYA109の新ロゴ制作など、抜本的な改革に取り組む。

昨年4月に新会社「SHIBUYA109エンタテイメント」として独立以来、SHIBUYA109(以下、109)の過去の成功体験に囚われず、抜本的な改革を進めているのは、同社・木村知郎社長。昨年一年は広報やマーケティング体制など、内部の基礎固めを行い、今年からはいよいよ外部に向けて様々な施策を打ち始めている。特にメディアで大きな話題を集めたのは、1979年の開業以来、渋谷のシンボルとして定着している「109ロゴ」の変更だ。ギャル文化の聖地として君臨してきた109に、いま一体何が起こっているのだろうか。今回のキーパーソンインタビューでは、思い切った改革を推進する木村社長を迎え、「新しい109づくり」に向けた想いをじっくりと語ってもらった。

一番良い時に次の打つ手を考えないと、必ず成功体験に溺れる。

_なぜ昨年、東急モールズデベロップメントを分社化して、SHIBUYA109エンタテイメントを独立させたのでしょうか?

東急モールズデベロップメント(以下、TMD)は地方や沿線、郊外、109すべてを含めて「商業施設」の運営という切り口で経営を行ってきましたが、これからの時代を考えると、とても勝ち残っていけないのではないか。特に109の場合は、単なるディベロッパー(商業施設運営)という意識では、ビジネスが成り立っていかなくなる。そこでSHIBUYA109を運営する専門会社「SHIBUYA109エンタテイメント(以下、109エンタ社)」として独立して、109ブランドが持つアドバンテージを活かしながら、「エンタテイメント」をテーマに若者との接点を強化していくことが得策ではないかと。そこに至る理由には、大きく2つあります。まず、東急グループがまちづくりの骨子に掲げている「エンタテイメントシティSHIBUYA」の実現を目指し、僕らもそうした渋谷の街づくりに貢献していけるのではないかという点が一つ。それから、少しリアルな話を申し上げれば、TMDの収益のかなりの部分を109の売上が占めていて、その収益を沿線全体のSCに還元していたという構造がありました。収益が109に再投資されないというのは、そこで働く人びとからすれば、正直ジレンマで。独立に伴って、利益をそのまま109ブランドの価値最大化に向けてダイレクトに使えるようになった点は、とても大きな変化だと思います。

_ひと昔前と比べて、若者の消費行動は大きく変化していると思いますが、今後の109ブランドの存続に対して強い危機感があったということでしょうか。

それは大いにあります。売上げを見てみてもリーマンショック前後をピークにして、緩やかにテナント売上げが落ちています。消費やライフスタイルの変化、あるいはECの台頭など、それには様々な理由があり、決して109ブランドだけのせいではありません。特に僕ら商業施設運営は、最後のBtoCとの接点を各テナントにしてもらわなければならず、どうしても他力本願になってしまう。また、マーケットの変化に対応できるマーケティングとか、施策をスピーディに打っていくとか、今まで109にはそういう体制さえもありませんでした。ビジネスって、一番良いときに次に打つ手を考えていかないと、必ず成功体験に溺れてしまう。109はまさにそういう状態で、長い間、若い女の子のファッションをリードしてきて、東急グループの中でも大きな成功体験を生み出してきたわけです。ところが、109が大きなチャレンジをすると、TMDの売上構成にも影響を与えてしまうため、今までは思い切った変革を行うこともできませんでした。昨年、専業会社として独立したことで、僕らは109のことだけを考え、注力していく体制がようやく整ったと言えます。

_木村社長の新体制となって、一番重視したのは何ですか?

109エンタ社のスタートとして、一番重視したのは広報体制を整えることでした。もちろん、TMD時代から広報部はありましたが、従来は「何かキャンペーンをやります」「こんなイベントをやります」「有名なタレントが来ます」という、単館で実施するイベントのPRリリースをするだけ。まず広報体制をゼロから作り直し、109エンタ社やブランドが何を考えてどっちに進んでいこうとしているのか、BtoBやBtoCにしっかりと伝えていく……、これがとても重要なスタートだったと思います。特にBtoBに向けた情報発信はだいぶ強化されたなという手応えを感じています。そうした活動が実を結び、最近では109エンタ社に興味や共感を持ってくれる企業や、パートナーとして協力いただける企業が徐々に増えています。

広報に続き、「マーケティング体制」も整備しました。先ほどお話しした通り、今まで109ってマーケティング機能がゼロだったんですよ。そこで昨年4月にマーケティング専任チームを組織し、「アラウンド20」の実態を調査するための「SHIBUYA109 lab.(シブヤ109ラボ)」を設立。まずは担当が自分の目と耳で若い人達の中に飛び込んでいって、若い人たちが何を考えているのかを、しっかりと聞き始めるというところから始めようと。毎週、様々切り口でグループインタビューを行っています。僕も後ろで彼女たちの話を聞いていることがあるのですが、この子達のうち、何%がこう言っていたというのはあまり重要ではありません。「マスニッチ」というらしいのですが、むしろ、少数派の声でも「こういう声があったね」という中にヒントがたくさんあります。これが今後の109の方向性を示す基礎になるのはもちろんですが、渋谷や若者たちを相手に商売したいという企業へのアドバイス、コンサルティングにも繋がっていくと考えています。外部調査会社に全てお任せして、統計学的に膨大な数値から 何かを導き出すことも時には重要ですが、直接私たちが若い人たちの生の声を聴き、様々な新鮮な切り口でそこにある"本音"を引き出すことは、リアル店舗を持つ強みと合わせた説得力になります。

「マルキュー系がこうだ!」という差別化は図りづらくなっている。

_最近、「渋谷から若者が減った?」とよく言われていますが、木村社長はどうのように感じていらっしゃいますか?

渋谷の街全体がどうかは分かりませんが、109の入館者数を見てみる限りでは、若者たちが減っているということはありません。僕らがグループインタビューをしていても「若い子が渋谷に行かなくなった」という話も出てきていません。ただし、ひと昔前までは渋谷に一極集中していましたが、原宿や新宿など、いくつかの街を回遊したり、街を使い分けたりしている子が増えているという印象はあります。メディアの人達が好んで「渋谷から若者が減っている!」と書きたがるのですが、実際には副都心線の開通に伴ってルートが分散化したことや、さらに渋谷・原宿間は、以前よりもキャットストリートを回遊して、歩く人びとが増えていることも影響しているんじゃないかと思いますけど。

_渋谷に対する若者の期待感は変わっていませんか?

サッカーW杯ロシア大会でコロンビアに勝ち、渋谷スクランブル交差点で喜びを分かち合う若者たち

「渋谷に行くと何かあるんじゃないか?」という、若い人達が渋谷に持っている期待感は変わっていないと思います。例えば、ハロウィンやカウントダウン、先日のサッカーW杯の盛り上がりからも、それが表れているんじゃないかと。ただ、ちょっとやり過ぎな面もあって、今回のサッカーW杯も痴漢行為やスリなどの問題も出てきましたが、海外でいえばフーリガンですよね。「ちょっと怖くて渋谷に行きたくない」というネガティブな声も出始めています。あのような無法地帯になるのは、渋谷の街にとってはあまりいいことではありません。僕らも学生時代は、酔っ払うと、渋谷駅前に昔あった噴水や池に飛び込んでいたので、若者が盛り上がる気持ちも分からなくもないんだけど。ただ、やっていいこと、悪いことはあるので、もう少し秩序を持ってほしいなと思いますね。

_最近のファッションについて伺いたいのですが、ファストファッションが主流になって、ブランドを指名買いする若者が少なくなっているように感じます。現在、109系ファッションとして流行っているものはありますか?

マーケティング調査すると、「好きなブランドなし」という若い子達の声が一番多いですね。「今日は〇〇派だけど、次の日は〇〇派」など、お金を掛けないながらも、その日その日で着るものを変えていく。ある意味、着こなし上手で賢いのかもしれません。ひと昔のように「109に来る子の8割がこれだ」というトレンドや流行はなく、かなりパターンが分散化している傾向が見られます。ちょっと前からそうなのですが、「マルキュー系がこうだ」という差別化は図りづらくなっているため、我々もなるべく多くの切り口を持って、様々なパターンの人達に来てもらうように店づくりを行っています。

_109系ファッションが見えづらくなっている中で、「109らしさ」をどうやって作っていこうと考えているのですか?

109らしさ、マルキューっぽい、ってよく言うんだけど、うちの社員に「109らしさ」を聞いてもみんなそれぞれ意見が違うんですよ。そこで109らしい、ぽいね というのを「もっと見える化していこう」としていて、その共通認識を持ってビジネスを進めようと考えているところです。2018年に「シブヤ109ラボ」を立ち上げたのも、そうした理由が大きいです。外部のマーケティング会社にお任せするのではなく、社員が若い人達から生の声を聞いて、意見交換していく。若者たちの生態系を把握した上で、単に衣類を売るというだけではなく、若者たちの夢や望みも叶えていけたらと考えています。現在、109のブランドステ−トメントとして”Making You SHINE!”を掲げているのですが、そのブランドステートメントを実現化していくことが、「109らしさ」に繋がっていくんじゃないかと思います。

調査などを通じて若い人達の話を聞いていると、これだけSNSが浸透しているにも関わらず、人と人とのつながりを大事にしている子がとても多い。昨年4月から8階に「DISP!!!(ディスプ)」という売場を設けていて。ここは音楽やアーティストのほか、アニメやユーチューブ、ゲームなどのエンタテイメント・コンテンツを、ある限られたゾーンに対してアプローチを行うポップアップストアなのですが、非常に嗜好性、趣味性の高い奥深い方々にたくさん来ていただいています。「モノが売れない時代」と言われていますが、自分の好きなものに感動し、そこにあるストーリーに共感し、その場に集まる人達が互いに刺激し合う。ディスプはそんな拘りを持つ人びとが集い、新たなものが生まれていく場として認知され始めています。単に「流行モノを売ります」だけでは、これからの109としては成り立たない。「モノ消費からコト消費の時代」と言われますが、若者たちを輝かせて夢を実現させていくことがビジネスの大きな概念にないとダメだと思う。

若者たちを輝かせる夢を実現していく、それが僕らの喜び。

_ディスプのほか、この1年で新たにスタートさせた試みについて教えていただけますか?

ディスプと同じく、地下2階で展開している「IMADA MARKET(イマダ・マーケット)」も1年ちょっとやっています。ここは個人やインフルエンサーとか、スタートアップ、ネットビジネス企業などに向けて、リアルな顧客との接点を持つことができるポップアップストアになっています。僕から見れば、正直ネットだけで商売をしている方が儲かると思うのですが(笑)。でも、オンライン上で見えない顧客と日々やり取りをしているネット企業の方からすれば、やっぱりリアルな顧客との接点や反響を感じたいと思うのでしょう。店頭販売の経験のない彼らに、109がノウハウを提供して販売していくというのが、イマダ・マーケットの基本的な仕組みです。今まではテーマに合わせて1カ月間くらいで中身を総入れ替えしていたのですが、これがかなりの労力で大変でした。また、「これいいね!」とようやく商品が売れ始めた頃に販売期間が終わってしまうケースもあったりして……。「じゃあ少しMDを組み替えたほうがいいよね」ということで、常設的にKファッションなど、人気のあるものを6割、インフルエンサーのやっているものを2割、季節的なものを2割みたいな組み合わせで、今年の4月からリスタートしています。この1年で試行錯誤を繰り返し、小売りのノウハウを我々の中にだいぶ蓄積できたなと感じています。

_ポップアップストアのほか、”Making You SHINE!”を具現化するべく、若者たちを応援するプロジェクトにも力を注いでいますね。

109のイベントに登壇した藤田ニコルさん(撮影2018年7月22日)

今年の2月、モデルの藤田ニコルちゃんが109に新しい店舗「NiCORON(ニコロン)」をオープンしました。「自分のブランドを立ち上げたい」「109のシリンダーに自分の姿を掲出させたい」など、ニコルちゃんは、十代のうちに自分の夢を叶えた女の子の代表だと思うんですね。そこで同じタイミングで「十代の夢応援プロジェクト」を立ち上げて、一般から夢を募ったところ約1600通もの応募をいただきました。その中から事務局で3つの夢を選んだのですが、まず一人目の夢は「ファッションショーなどの舞台裏の仕事をしてみたい」、もう一人は「メイクアップアーティストになりたい」、最後の人は「ファッションデザイナーになりたい」というもの。ちょうど、3月31日に千葉・幕張で、ニコルちゃんがランウェイに出演する「超十代 - ULTRA TEENS FES」というイベントがあったので、「舞台裏で働きたい」「メイクアップアーティストになりたい」という子には、そのイベントでニコルちゃんの裏方として実際に働いてもらいました。

もう一人、デザイナーを目指している子は、高校の文化祭の事務局をやっていて、「みんなで着られるスタッフジャンパーをオリジナルで作りたい」と。そこでニコルちゃんにジャンパーのデザインを直接見てもらい、アドバイスをもらいながら、僕ら109が制作のお手伝いをして可愛らしいジャンパーを完成させたんです。6月に文化祭があったのですが、真夏のような暑さの中にも関わらず、彼女たちはスタッフジャンパーを一切脱がずに最後まで過ごしていて、その彼女たちの笑顔が本当に素晴らしくて……。僕らも文化祭を見に行って感動してしまいました。後日、彼女から感想をもらったのですが、服飾系大学への進学を目指しているそうです。彼女たちの夢に向けた第一歩に繋がったのではないかなと感じていて、今回は第一回でしたが、今後も継続してやってきたいなと思っています。同じく若い人達の夢を応援する企画では、店頭のイベントスペースで「109路上LIVE」を行っています。昨年から予選を開始して、今年の4月に決勝戦を行い、KIMIKAちゃんという十代の女の子が優勝しました。まもなく彼女は修業のためにニューヨークに向けて旅立ちますが、そのサポートも109がやっていきます。 若い人達の”Making You SHINE!”を叶えるお手伝いをしていくことは、我々109エンタ社の社員にとっても非常に大きな意味を持っています。女の子たちが輝く瞬間に立ち会うことは、それをお手伝いする社員の精神的な満足や喜びにもなり、働く上での誇りにつながっていくんじゃないかと思っています。

_ネットが台頭する中で、これからの商業施設に求められるものは何でしょうか?

単にコトづくり、コトづくり……とよくまあ言われますよね。コトづくりとは一体なんなのか? 今まで僕らもよく分かっていませんでした。僕らの強みが何かを深く考えていったときに見えてきたのが、圧倒的な立地と建物の個性、また、もう少しターゲットを広げたらと言われる中で、「アランド20」に絞ってきたターゲットが大きなアドバンテージになるのではないかと思っています。確かにBtoCについては少し売上が落ちているものの、BtoBに対しての109の知名度やブランド力はまだまだ圧倒的だと自負しています。この10年以内にモノだけを売っている商業施設は相当減少し、床はもっと進化していくんじゃないかと。おそらく商業施設は、様々な体験ができたり、企業やブランドの世界観を作っていく場所に変化していくのではないでしょうか。既にクライアント側では商業施設の取捨選択が始まっていて、単に来客数だけではなく、どういう属性の人たちが来ている施設なのか、企業やブランドのイメージをターゲットに届けられるか。ターゲットを絞ってきた109は、きっと様々な企業から選ばれる施設になっていくだろうと思います。

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