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KEY PERSON キーパーソンが語る渋谷の未来

渋谷を中心に活躍する【キーパーソン】のロングインタビュー。彼らの言葉を通じて「渋谷の魅力」を発信します。

プロフィール

栗原幹雄さん

1951年埼玉県川越市生まれ。日本大学生産工学部建築工学科卒。74年積水ハウス入社。78年に義兄と「ほっかほっか亭」を創業し、わずか4年で1000店舗に拡大。92年「フレッシュネス・バーガー」1号店を渋谷区富ヶ谷にて創業、「ほっかほっか亭」退社後の95年より多店舗化を開始。現在(09年8月)国内、海外合わせ210店舗を超え「ワンズダイナー」「フレッシュネスカフェ」も展開する。また「ごはん処 おはち」「魚がし日本一」などの飲食業の立ち上げも手がけた。

「ほっかほっか亭」創業参加に始まり、現在、「フレッシュネス・バーガー」代表取締役社長を務める栗原幹雄さん。夢と採算性のバランスを絶妙のビジネスセンスで保ち、常に「面白いことをやりたい」と目を輝かせる少年のような表情は、不景気を嘆く世の中を前向きに見つめ直す格好のモデルといえる。これまでに培った独特のビジネス感とサクセスストーリーとともに、1号店である富ヶ谷店オープンまでの秘話や、「渋谷の街」に集中した出店の理由を聞いた。

109系、OLゾーンなど、街をゾーン別にした方が商店街も潤うはず。

--渋谷との出会いについて、まずはお聞かせください

1960年頃でしたか、小学校の課外授業で行った五島プラネタリウムが鮮明に残っています。黒いリクライニングシートに体を埋めて暗い天井を見上げて。衝撃的でした、まだ東京オリンピックの前でしたしね。私は埼玉県川越市出身なのですが、お祖母さんがお花の先生をやっていて都内の教室へ教えに行っていました。それについて回って渋谷へも足を運びました。大学生の頃は自分の大学は習志野にあるのに、青山学院大学に通っていた友達がいたから、一緒にこっそりと講義を受けたり。ビリヤードに興じ始めてからは、明治通りのボーリング場に通って深夜まで遊んでいました。やはり当時の渋谷はオシャレなイメージが強かったし、憧れもありました。でも不思議と東口界隈が多くて、センター街などにはあまり縁がなかったですね。

--現在の渋谷の印象は?

私の場合、好きなエリアと行きづらいエリアがはっきりと分かれます。渋谷って変化が激しくて、100mごとに色が変わるような気がします。1マイルごとに様相が変化するロサンゼルスなんかに近いかも知れない。人間ウォッチングが大好きなので、そういった観点からすると面白いです。いまは世田谷区在住ですが、10m歩くと渋谷区。家では犬を飼っているので、代々木公園のドッグランには毎週行きます。代々木公園から渋谷の公園通りに歩いて、うちの店(渋谷公園通り店)を通り過ぎてドトール・コーヒーで休憩しています(笑)。思い起こせば結婚後の新居も笹塚だったし、フレッシュネスの開業当時の事務所も千駄ヶ谷でした。なんだかんだ、渋谷区界隈が好きなんですよ。それと最近の渋谷は観光客が非常に多いですね。週末なんかは特にそう感じます。でも街全体が活性化するし、それでいいんだと思います。私の地元である川越もすっかり人気観光地になり、週末の賑わいはすごいものです。

--変化の早い渋谷の街ですが、将来に向けての提言などはありますか?

多様化の時代にターゲットを絞って業態を決めることと同じで、渋谷もゾーン別にして、それぞれにオリジナリティ溢れる個性と商業施設が出てくれば面白いですね。街をゾーン別にした方が商店街も潤うと思います。109系のゾーンは18-20歳くらい。原宿あたりは中学生や小学生のゾーン。サラリーマンやOLのゾーンにはオフィスの中に森のようなオアシスを作ってみたり。実際にシカゴにあるのですがハイテクなビルの地下にジャングルがあって、その鬱蒼とした中にフードコートがあるような。あとは公園にもドッグランがあるといいです。これだけペットが増えているのに遊び場がないってかわいそうですから。

ドミナント出店で、渋谷界隈では「誰もが知る」存在になりつつある。

--フレッシュネス・バーガー起業の経緯をお聞かせください。

1992年開業の渋谷・富ヶ谷店

大学時代に建築を勉強していて、大手住宅メーカーに就職し長野にいたんです。ある時、義理の兄に呼び出されて「温かい弁当を提供するチェーン店を作るから、おまえは店舗デザインをやってくれ」と言われて。もともと実家がヤマハの楽器教室を運営していたから、義兄はチェーン展開のノウハウも知りたかったのでしょう。それでとりあえず100店舗を目標に一緒にはじめてみました。それが「ほっかほっか亭」。事業は順調で、規模が拡大するにつれ、M&A、提携、統廃合とか、40歳になるまでに創業から大企業に至るまでのすべてを経験してしまった。役員クラスになると、会議に顔を出すくらいしか仕事がなくて、何か物足りない。そんな時に、「運命的な出会い」があったんです。

--それがフレッシュネス・バーガー第1号店ですか?

そう、富ヶ谷店ですね。東大の駒場キャンパス界隈でした。それも人通りの少ない閑静な住宅街。付き合いの長い不動産会社に、格安の木造一戸建て物件を紹介されて。その物件はかつてバーを営業していたり、劇団の稽古場にもなっていたみたいです。眺めているうちに「町にひとつしかない、手作りのハンバーガーショップ」がイメージとして湧き上がりました。実は「ほっかほっか亭」時代に、研修でアメリカの飲食店をずいぶん見て回った経験があるんです。色々なスタイルのハンバーガーショップも見学しました。で、すぐに不動産会社に電話して「貸してくれ」と。テンションが上がったまま家に帰り、すぐに店の図面を描きました。それからお金を作るためゴルフ会員権を売って、大工さんを雇って、ワクワクしながら一緒にお店作りを始めて。とりあえず商品開発は店を作ってからにしようと。でも、作業しているうちに我慢できなくなり、もうオープンしちゃえと(笑)。1992年12月でした。一番はじめに来たお客さんは、とても綺麗な品のある奥様でしたね。そのうちお忍びで芸能人なんかも来るようになり、半年ほどで結構流行ってきて。投資額よりマイナスになったら止めようと思ってたんですが、やっているうちに「これは利益が出るなと」。結局4年くらい、「ほっかほっか亭」と兼業でやりました。もちろん内緒でこっそり(笑)。

--現在では渋谷区に14店舗、渋谷との親和性は感じますか?

マーケティング調査の結果によれば、うちの店には学生や主婦、サラリーマンよりもクリエーター系の人が多く集まっているそうです。言い換えれば「渋谷系の客層」というか。それでも全国的な知名度はまだまだ低い。だから「誰も知らないフレッシュネス・バーガー」から「知る人ぞ知るフレッシュネス・バーガー」、やがて「誰でも知るフレッシュネス・バーガー」にしようと考えています。今まで渋谷区に集中して出店してきたのは「ドミナント出店()」というやり方。認知度が上がりますし、効率的に経営できる。お陰で現在、徐々に認知度が高まりまってきました。渋谷界隈では「誰もが知る」存在になりつつあるようです。これまで駅から離れた場所の出店が多かったのは、家賃面と、コンパクトな方が投資も少なくて済む点からですが、これからはもっと渋谷駅の前などにもできたら出店していきたいですね。

※ドミナント出店:出店場所を特定地域に限定し、そこへ集中的に店舗を設けることで、その地域の同業他社に対して優位性を打ち出す出店戦略のこと。

開業当時は、栗原社長自らがカウンター内に立ち、接客・調理をしていた。

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