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★寺山×蜷川
『血は立ったまま眠っている』02★

「一本の樹の中にも流れる血があるそこにでは血は立ったまま眠っている」
映画『田園に死す』で主人公が青森の実家に戻り、母親の呪縛にいまだ捕われて呆然として柱時計が鳴りだすと、いきなり家の壁が外に向かって倒れる。そこは 青森ではなく新宿東口になっている。これが『田園に死す』のラストシーンで、脇役の登場人物たちは新宿の駅前に流れ出し、道行く人々はその異常な撮影光景を 見ながら歩いて行く。映画と現実の境目をなくしてしまうという演出だった。これは川島雄三の『幕末太陽伝』の実現化されなかったラストシーンから着想を得ている。

今回の『血は立ったまま眠っている』では、冒頭にステージ奥が開かれ渋谷の街が露にされる。そして学生運動や中国共産党を彷彿とする社会イデオロギーの旗振り隊と、競馬の馬たちが疾走して入ってくる。これは『田園に死す』で新宿に流失した脇役たちをもう一度劇空間に呼び戻す儀式でもある。この『血は立っ た〜』ではラストに再びその蝶番が放たれ、劇空間と脇役たちは現在の渋谷へ流失して行く。
☆『田園に死す』ラストシーン☆
『田園に死す』では内部から外側に倒れる演出で、これは演劇的エネルギーが街角に向かって噴出するイメージであった。それに対し、今回の『血は立ったまま〜』では蝶番が緩められ、スライド開閉される扉になっている。一度倒れたら元には戻らない壁とスライドされ何度も開閉出来る構造。建物やその時の撮影時の制限と言えばそれまでだが、その違いは歴然とある。超番が外され何度も開閉可能な扉の構造は、演劇空間と現実の街角とが何度も入れ替わり混じりあう事が可能だという事を示唆している。現実の社会と想像の産物は決して交わらないものではなく、また一度きりの交わりでもない。何度も入れ替わり交わりあい、扉をひとつ隔てて 同時に存在もしている。それが初演から40年隔てた現在の演出の最も異なるところのひとつかも知れない。幻想やイメージはパラレルに存在しているものの、両者は入れ替わり混じりあう。決して二元論ではないのだ。それが現代の蜷川的な回答なのかも知れない。

寺山は劇中テロリストを登場させ、それもひとつの幻想のメタファーとして置いてみた。寺山は実際の「政治」には興味はないが「革命」には興味がある、と。大島渚 は60年代安保デモを見に行く一方、寺山と篠田正浩はそれには興味を持つことが出来ず、「デモに行く奴は豚だ」と。寺山は「アンチ左翼」を貫き、政治の季節を色眼鏡で見 る事はせず、自分たちの絶対的な視点から見ていた。これこそが文学的アクティビティで、お祭り騒ぎの様な一時的な60年代安保とは決定的に異なり、最終的には寺山思想が今日 もなお影響を与え続けている所以だろう。。。

ところで蜷川監督の『蛇にピアス』はひどかった。
渋谷と言えば70年半ばから80年代、全盛を極めた繁華街である。戦後から70年代あたりまで、地方から上京して着物たちにとって目指す場所は必然的に 「新宿」だった。現在もホストや水商売、様々な欲望、新商売が渦巻く「新宿」は一攫千金の象徴であった。一方、現在の「渋谷」もまた109を代表とされるファッションの売 り子からセレブに変身する夢、音楽業界や芸能人としてメジャーになる夢、クラブカルチャーを生み出す夢などを与え続けている街であるのかも知れない。

そんな現在の夢の街「渋谷」を舞台に蜷川版『蛇とピアス』は撮影される。冒頭、無音で4〜5回渋谷駅前スクランブルをカメラは旋回する。そのうち黒 人呼び込みに誘われ、センター街の地下のクラブに誘われる。そこでは高良健吾扮するパンク風クラバーに声をかけられ、イヤホンを外す。カメラは主人公・吉高 由里子扮するルイの視線だと解る。
『蛇とピアス』は痛みや入れ墨、ピアスなど自ら外傷を与える事で「生」を実感したり、痛みを他人と共有する事で人と繋がっているという幻想を確認する、いわば使い古されているテーマである。それを世界の蜷川が現実の街「渋谷」を舞台に撮り進んで行く。
勿論、政治的観点も文学的アクティビティもそこにはない。薄っぺらいJ-POPの歌詞に登場する様な「愛LOVE」である。渋谷の街頭ヴィジョンに映し出されるそういったJ-POP的世界観が、世界中で最もマッチしている街が「渋谷」の一面でもある。

『血は立ったまま〜』に戻す。
そんな「渋谷」の街に開け放たれたBunkamuraシアタ−コクーンは、どんな「渋谷」の現実を導き入れようとしていたのだろうか。現在の渋谷は、明らかに舞台に登場 する学生運動でもなく競馬の世界でもない。(天井桟敷があった近くには現在もJRAがあり、文脈は外れていなくもないが、、、)
『田園に死す』で解放された世界を再び招集するには、ちょうど50年ほど時間が経ち過ぎていたのかも知れない。

寺山をジャリやアルトーの系譜と見なすのであれば、勇気を持って現在の「渋谷」を無視する事なく引き入れるべきか、もしくは現在描きやすい60年安保を代 表とされる昭和文化を適当に引き込むのか、別れるところかも知れない。実際この演劇を演じている人間も観客も現代という共通の時間を生きているのだから。

ヴィヴィアン佐藤(非建築家)

非建築家、アーティスト、ドラァククイーン、イラストレーター、文筆家、パーティイスト、、、と様々な顔を持つ。独自の哲学と美意識で東京を乗りこなす。その分裂的・断片的言動は東京では整合性を獲得している。。。なんちゃって。

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