今回の「シブヤ×ブックス」は、文学カフェ「BUNDAN COFFEE & BEER」のプロデューサー・草彅洋平さんがブックセレクター。春にちなみ、「出会いと別れ」をテーマに「BUNDAN COFFEE & BEER」の書棚のなかから3冊をピックアップしてもらった。文学好きは必見!
1976年東京生まれ。渋谷を拠点とするクリエイティブカンパニー・東京ピストルの代表取締役兼編集者。文学好きが高じ、2012年に「BUNDAN COFFEE & BEER」をオープン。店内にある約2万冊の書籍はすべて草彅さん所蔵のもの。
子母澤寛は、「新撰組始末記」をはじめとする「新撰組三部作」や「勝海舟」など骨太の歴史小説を多く手掛ける小説家。1962年菊池寛賞受賞。「愛猿記」では、誰にも懐かないと言われた猛猿が著者に懐いたのをきっかけに、2代目、3代目と猿を飼い続けた著者の日々を描く。
<草彅さんのオススメポイント>
犬や猫などの動物が登場する文学作品は個人的にとても好きなのですが、その中でもベストと言えるのが「愛猿記」です。文学の中でひとつのジャンルとして確立しているこれら「動物モノ」ですが、そのおもしろさは、動物がまるで家族や友人といった存在であるにも関わらず、人間のように言葉を発することがない点に起因します。言葉を持ちえない動物に、作家は表現豊かにさまざまな言葉をのせていく。そこに「動物モノ」のおもしろさがあり、それゆえに傑作も多く誕生しています。
子母澤寛は新撰組を描いた、いうなれば、新撰組ブームの生みの親とも言える小説家ですが、彼は10数年にわたって3匹の猿を飼っていました。「愛猿記」は、その猿たちとの出会いと交流、別れを描いた愛情物語であり、涙無くしては読むことができない傑作です。
坂口安吾との出会いから突然の死まで、そして彼に対する思いを妻・三千代が赤裸々に描いた随筆集。狂気に追い込まれた坂口安吾の看病やさまざまな事件の後始末に奔走する妻。安吾がこの世を去ってから13年後、文壇バー「クラクラ」を経営しながら書き溜めたもの。
<草彅さんのオススメポイント>
坂口三千代さんは坂口安吾の奥さんです。「クラクラ日記」は、「酒」という雑誌に、昭和32年から42年まで連載していたエッセーをまとめたもので、生前の坂口安吾との生活を描いた回想録です。作家に関する「回想録モノ」は、友人の作家からのもの、編集者からのもの、子どもからのもの、そして、奥さんの立場からのものの4タイプがあるのですが、そのなかでも、奥さんが描いたものは、我々が見ることができない作家の一面を知ることができる大変貴重な資料です。躁うつ病であり、覚せい剤と睡眠薬中毒者である安吾の生活は、いわば、ぐちゃぐちゃなわけです。言うことも行動も滅茶苦茶。そんな彼を献身的に支え、亡くなるまでが描かれていて、随所でぐっとくるものがありますね。女性の描いた文学作品の中でも評価が高い一冊です。また、作家の奥さん目線の傑作としては、色川武大さんの奥さんである色川孝子さんのエッセー「宿六・色川武大」もおすすめです。
第二次世界大戦中の1944年に「劉広福(リュウカンフウ)」で第19回芥川賞を受賞。有島武郎とドストエフスキーに心酔し、横光利一に師事する。「私のソーニャ」は、売春宿で働くソーニャとの出会いと別れを描いた自伝的小説。
<草彅さんのオススメポイント>
八木義徳ももったいないことに、あまり読まれない作家となってしまいましたが、本当にすばらしい文章を書きます。「文学の神様」と言われつつも、戦争に加担し、文学界で干されてしまった作家・横光利一の門下生でもあります。その八木義徳が戦争から帰ってきて書いたのが「私のソーニャ」です。復員し、家に戻ってみたら、妻子が空襲で焼死していた。失意の中、「私」を喪失した主人公は、足しげく通っていた売春宿でロシア人のソーニャと出会います。ドストエフスキーの小説「罪と罰」は、主人公である殺人犯・ラスコーリニコフが娼婦ソーニャと出会い、改心するという話ですが、この本の「私」は「罪と罰」の作中のソーニャと現実のソーニャを重ね合わせ、彼女を救うことにより、生きる希望を見出します。故郷に帰りたいというソーニャを売春宿から逃がす「私」。第一章の最後、列車に乗ったソーニャとの別れの場面が秀逸です。彼女が何か叫んだ瞬間、ぴゅうっと風が吹き、スカートがめくれてパンツが見える。このシーンが非常に文学的。一瞬のイメージのきらめきを描く作家の描写力には脱帽します。
取材・文/ 田賀井リエ(代官山ひまわり)
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