今回の「シブヤ×ブックス」は、写真評論家である飯沢耕太郎さんがブックセレクター。「渋谷」をテーマに「写真集食堂 めぐたま」の書棚のなかから写真集3冊をピックアップしてもらった。渋谷好きは必見!
1954年、宮城県生まれ。写真評論家。きのこ文学研究家。1977年、日本大学芸術学部写真学科卒業。1984年、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。主な著書に『写真美術館へようこそ』(講談社)、『現代日本写真アーカイブ』(青弓社)、『きのこ漫画名作選』(Pヴァイン)他多数。
乗り物エッセイスト・コラムニストの三好好三(みよしよしぞう)氏と地域史研究家の生田誠氏が手掛ける、渋谷駅周辺をはじめとする新旧の街角風景を紹介した一冊。
<飯沢さんのオススメポイント>
この本は、昔の写真と今の写真を対照して見せる作りとなっています。いままさに渋谷は再開発の真っ只中でここ2〜3年の間でも大きく変わり、今後も変わっていきますが、昭和初期の頃と、この本が出版された2013年の頃を比較してみても、その激変ぶりはすさまじいものがあります。この本を見てまず驚いたのが、昭和26年に現在の東急東横店の7階屋上と東急東横店西館の4階屋上との間にこどもたちをのせるゴンドラが走っていたという事実。しかもとってもかわいい(笑)。存在していたのはたったの2年間だけだったそうですが。ハチ公のある西口も昔は線路があり玉電が走っていた。Bunkamuraのある文化村通りは昔は小学校。神宮通りには八百屋があり、恵比寿駅はまるで人家のような佇まい。この写真を見て、昔から渋谷に住んでいる人は懐かしく思うだろうし、昔を知らない若い世代の人々は少なからずショックを受けるのではないでしょうか。
日本を代表する写真家、アラーキーこと荒木経惟氏の名作のひとつ。出版年の1989年からさかのぼること2〜3年に撮影された写真を集めた写真集。
<飯沢さんのオススメポイント>
昭和の終りの頃の東京の街並みを撮影した写真集です。表紙は、できたばかりの渋谷109。マリリン・モンローの絵が印象的ですね。「宮下公園」「渋谷公園通り」など渋谷を舞台にした写真がいくつかあります。たとえば、ホテル街・円山町の駐車場に立つカップルや、渋谷パルコの横にあった手描きの壁画。また、日本国旗をもった少女が電車に乗って天皇誕生日を祝いに行くという写真があるのですが、その彼女が次のページで消え、最後は背中を向けて小さく座る老人の姿で終わります。この老人は昭和天皇に見立てたもので、昭和の終りを表現する。そういった小さいストーリーがあるのもおもしろいですね。とても素晴らしい作品です。また、この写真集が出版された翌年に荒木さんの奥さんである陽子さんが亡くなられています。ひとつの時代の終りと陽子さんの死を漂わせながら、小津安二郎の映画「東京物語」にひっかけて、荒木氏の「東京物語」を作りあげた野心的な一冊です。
ベテラン写真家の石元泰博氏が渋谷を舞台に撮った写真集。
<飯沢さんのオススメポイント>
キャリアのある写真家であり、アメリカのモダンな写真のスタイルを日本にもたらしたことで知られる石元泰博(いしもと・やすひろ)氏の最後の写真集です。1921年アメリカで生まれた彼は、アメリカと日本の二重国籍を持ち、両方の国で活躍しました。日本では、桂離宮や仏像を撮っていた石元氏。そんな彼が、80歳を超えていきなり渋谷を舞台に、若者たちのファッションを撮り始めた。「なぜ、渋谷を?」と当然、皆、驚きました。最後まで写真家として意欲的に自分の世界を作っていこうと考えていたんだと思います。写真を見てもらえるとわかる通り、かなり被写体に接近して撮っている。80歳以上の老写真家がこの近距離でシャツやパンツを撮影していたわけで、さすがに不審者と間違われ何度も警察に不審尋問されたそうです。タイトルの「シブヤ、シブヤ」は、彼の出世作であり代表作である「シカゴ、シカゴ」(1969年)にかけたもの。老写真家の執念を感じる一冊です。