みんなで乗り越えましょう

NO END 東横 渋谷ターミナル

KEYPERSON

人がいない渋谷は渋谷ではない、
いつでも人がたくさん集まっている街であってほしい。

写真家・映画監督蜷川実花

プロフィール

東京都出身。主な受賞歴に木村伊兵衛写真賞など。2007年に初長編映画『さくらん』を監督。2008年の個展『蜷川実花展』はのべ18万人が訪れ、2010年にRizzoli N.Y.から写真集『MIKA NINAGAWA』を出版。2012年公開の映画『ヘルタースケルター』が大ヒット。近年では上海のカフェ&バー『Shanghai Rose』の内装プロデュースや、蜷川実花の世界を表現できる無料カメラアプリ『cameran』をリリース。2020年開催の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事に就任。

この春、渋谷駅の地下1階連絡通路に「渋谷ちかみちラウンジ」がオープン。その施設内でひときわ注目を集めるのが、写真家・蜷川実花さんとコラボレーションした「女性用のパウダールーム・授乳室」。「街に出かけた際、授乳する場所がなくて困った」という蜷川さんは、母親ならではの視点で空間デザインや機能性にこだわったと言います。今回のインタビューでは「パウダールーム・授乳室」に関する話題から、90年代のシブヤ系カルチャーを全身に浴びて過ごしたという蜷川さんの青春時代、さらに母親になって高まり続けるモノ作りの姿勢に至るまで、じっくりとお話を聞きました。

憧れから現実に変わったその場所が、90年代の渋谷でした。

_蜷川さんは、渋谷にどんな印象を持っていますか。

幼少期は父親(蜷川幸雄氏)の影響で新宿に行くことが多かったですが、小学生〜中学生は原宿が好きになり、高校生の頃は特に用事もなくふらりと渋谷に行く。とにかく、当時のセンター街は若者が集まる場所でしたからね。その後は、90年代の象徴となったシブヤ系というカルチャーが生まれたり、渋谷はいつの時代も若者の文化すべてが発信されていく街、という印象が強いです。

_まさに、青春時代のド真ん中を過ごした街なんですね。

そうなんです。その中でも渋谷は特別な存在で、大人になってからも同世代の人と「あの時代の渋谷を知っているの!?」ということが共通言語になる、それくらいパワーがあったと思います。

_ちなみに当時の渋谷は、ご自身にとって撮影場所のひとつでもあったのでしょうか?

渋谷はそういう場ではなかったんです。私にとって今も昔も重要なことのひとつが、その時代ごとの風俗や文化にコミットしていること。特に当時は、友達と遊んでいる空気感と、クリエイティブを生む自分がはっきりと分かれていた時期でした。渋谷で何かモノ作りをしたり写真を撮ったりはせず、あくまでも友達と会ったり、洋服を買ったり、映画を観たり、アートや音楽をチェックしたりする場所。渋谷にいる時はそういう自分がいて、違うフィールドでは尖った写真を撮っている自分がいるという状況でした。ちょうど、やりたいことを模索していた時期でもあったと思います。まだ、自分自身でこれというものを決められたいたわけじゃなく、そういう中で渋谷という街に呼び寄せられていたような気がします。

_本格的に写真を続けたい、仕事にしたいと思った時期はいつ頃でしょうか?

将来これでやっていきたい、そんな風に本格的に決めたのは大学生の頃です。その後、渋谷にあった出版社から仕事をいただいたり、カヒミカリィさんなどシブヤ系のアーティストの方々を撮影させてもらったり、渋谷との関わり方が変わっていきました。つまり、学生時代にお客さんの立場で観ていたものが、徐々に自分が作る側にまわっていく。まさに、憧れから現実に変わったその場所が90年代の渋谷でした。そういう意味でも、一番面白いとされていた時代に渋谷にいられたような気がします。

_学生時代は自然に吸い寄せられていたけれど、大人になるにつれて目的があって訪れる街になったということでしょうか。

そうですね。写真家として活動を始めてからは、パルコギャラリーで展覧会をやったり、最近でいえばヒカリエのギャラリーで作品を発表したり。大人になってからは、何かを吸収するというよりも発信の場になっていきました。子どもの頃に比べて街との距離は少し離れましたが、それでもやっぱり当時のことを思うと渋谷は特別な存在であることは間違いありません。青春時代を過ごした場所は、大人になっても何かの形で引きずるというか(笑)。言葉で上手く言えないんですが。

スクランブル交差点には、クリーンなものと人びとの欲望が集まる。

_2012年公開の監督作品、映画『ヘルタースケルター』では渋谷の街が登場しましたね。

主に冒頭と最後ですね。特にラストシーンに関しては、絶対にスクランブル交差点で撮影したかったんです。スタッフからは原宿や別の交差点も打診されましたが、私としては譲れない部分でした。というのも、あのスクランブル交差点がある場所というのは、ちょうど地形的にも谷底になっている。そこにはクリーンなものだけではなく、人びとの欲望のようなものも自然に集まってくるような気がして。私はそういう明と暗、ハイとローの両方が存在する特殊な空気感が好きなんです。渋谷はまさに、今でもザワザワする場所。だから、私にとって渋谷の象徴は、完全に駅前なんです。

_『月刊MEN 綾野剛』のロケーションも渋谷が使われています。

24時間掛けてのフォト・セッションでしたが、私が綾野君に「渋谷で撮影をしたい」と提案したら、本人も思い入れがあるということで「渋谷だったらいいよ」という運びになったんです。夕方の4時くらいに会って撮影が始まって、ホテルや人がいない真夜中の交差点などで撮影をしました。翌日の夕方4時まで続けて、トータル24時間で作った作品です。

_まる一日で一冊分の撮影をすることは、通常では考えられないと思います。

不思議なんですが、渋谷ってそれを可能にする地場があったりするんでしょうね。なんていうか、やっぱりクリーンなエネルギーと猥雑な感じがミックスされているというか。

_ファインダーを覗いたり、フレームワークを意識した時に見ている渋谷は、普段見える景色とは違うものなのでしょうか?

外国の人が初めて日本に訪れた時に、スクランブル交差点を見て「なんだこの場所!」「なんでこんなにもキラキラしているの!?」という印象を持つと思うんです。それと同じように、私の場合もモノ作りの視点でいえば、異様な空気と馴染み深い空気、その両方の目が同時に発動するのかもしれません。

オススメ記事

最新記事

カテゴリーから選ぶ