KEYPERSON

大都市・渋谷で野菜を育て、「エディブル・シティ」みたいなカルチャーを広げていきたい。

渋谷の農家/編集者小倉崇さん

プロフィール

1968年、東京生まれ。幼少期から高校生までは千葉・佐倉市で育ち、大学進学と共に上京。大学卒業後、出版社に勤務。独立後、全日空の機内誌『翼の王国』を中心に編集・執筆。2007年にink Press設立。以後、出版や広告などを中心に手掛ける傍ら、日本全国の有機農家を取材する活動にも力を注ぐ。2015年、油井敬史さんと育てて食べる畑の八百屋「weekend farmers」結成。著書「LIFEWORK 街と自然をつなぐ12人の働きかたと仕事場」(祥伝社)、昨年秋に「渋谷の農家」(本の雑誌社)を刊行したばかり。

渋谷のど真ん中、円山町のライブハウス・TSUTAYA O-EASTの屋上に畑があるのをご存知だろうか。「ラブホテルとクラブが密集する街だから、きっとすごく濃厚な野菜ができるんじゃないか」と笑って話すのは、渋谷産の野菜作りに挑戦する小倉崇さん。本業は編集者ながら、たまたま出会った有機野菜のあまりの美味しさに驚き、自らも野菜づくりを始めたという。今回のキーパーソンでは、渋谷で畑を始めて一年が経った小倉さんに、農業に興味を持ったキッカケから、大都市・渋谷で野菜を育てる魅力についてじっくりとお話を聞きました。都市と農業の未来のカタチ、農を通じた地域コミュニティの可能性とは――。

震災から「自分が食べるものは自分で育てたい」と思った。

_そもそも「農業」との出会いを教えてください。

出版社を辞めてフリーになり、全日空の機内誌『翼の王国』の編集を行っていました。その仕事の中で、山形・飯豊町という美しい原風景を持つ村を1年かけて取材する企画がありました。ただ、農村の季節の移り変わりを表面的においかけても面白くないので、何か定点観測をしようという話になって。だったら、僕たち日本人の、一番の基本である米じゃないかと。つまり、米農家さんの日々の暮らしを農村の定点観測の軸にしようと思ったんです。そこで、取材をご協力いただいている農家さんに「お米づくりを一緒に手伝わせて欲しい」とお願いしたところ、僕らのために小さな田んぼを用意してくれたんです。手植え、手で刈るという昔ながらの方法で、お米作りに挑戦させてもらう機会を得たのが、それが「農業」との初めての出会い。素足で田んぼに入り、泥にまみれるっていう感覚が久しぶりで。最初はちょっとびっくりしたんですけど、2、3秒もすると温かさを感じる。それがすごく気持ち良かったのを覚えています。もともと自然に対する憧れがすごく強かったので、「田んぼで1年過ごした」という体験が僕の新たな回路を開いたのでしょう。

_それから数年を経て、本格的に農業を始めた一番の動機は何ですか?

僕と一緒にWeekend farmersをやっている、油井敬史君との出会いです。彼は相模湖で、自然栽培で野菜を育てている農家さんです。相模湖周辺、中でも藤野町はシュタイナー教育などが盛んで東京からの移住者も多い土地なんですが、そこで「太陽光発電」に取り組む、藤野電力の立ち上げメンバーの一人である土屋拓人さんからの紹介で、油井くんと知り合いました。初めて彼の畑でほうれん草を食べさせてもらった時に、あまりの美味しさに驚いてしまって。肉厚だし、味は多様だし、今まで食べていたほうれん草とは全く違っていたので。それから「たまに畑を手伝いに来てもいい?」とお願いして、週に1回くらいの頻度で相模湖に通うようになりました。車で片道1時間くらいですが、平日の仕事の合間を縫って行ったり、少しでも時間が空けば、畑に行って草むしりをしているという感じ(笑)。

_当時(2012年)、小倉さんをそこまで駆り立てたものは何だったのですか?

おそらく2つあったと思います。1つは東日本大震災の直後だったので、スーパーやコンビニから水や野菜が買い占められた時の恐怖感です。何もないガラーンとした光景を見たとき、「自分が食べるものは自分で育てたい」という意識が本能的に芽生えました。もう1つは、一日畑で過ごした時の気持ち良さです。土をいじっているだけで、温泉に浸かっているみたいな、じんわりした心地良さや幸福感が味わえること。それから、油井君との相性もあるんでしょうね。「興味がある」とは言っても、農業に知識があるわけじゃないズブの素人を快く受け入れてくれた油井君と知り合えたのは、僕にとって大きかったと思う。

_油井さんは年齢的には後輩ではあるのだけど、師匠という関係なんですか?。

農業のことを色々教えてもらっている師匠です。彼は農薬も化学肥料も使わず野菜を育てているんですけど、有機 JASを取っていないため、スーパーで売るときに「有機野菜」って表記できないんですね。要するに農薬を使って作っている、安い野菜と同じ値段で取り引きされている。僕は彼と知り合い、そういう現状を知って、これだけ一生懸命情熱を持って仕事をしているのに、そういう人間がご飯を食べられないのはおかしいなと思って。じゃあ僕が本を作ったり、何かアイデアを出したり、イベントを行うなど、そういう僕の得意分野を生かして、彼と一緒に何かやっていけないかと。先輩や後輩、師匠というよりは、お互いに助け合える関係なんだと思います。

_相模湖に加え、一昨年からは渋谷の屋上でも畑を始めたのは、どうしてですか?

渋谷・円山町に立地するライブハウス「TSUTAYA O-EAST」

油井君と二人でWeekend farmersと名乗り、相模湖の畑で収穫祭や様々なイベントを始めたんです。農薬も肥料も使っていない野菜の美味しさを、もっと多くの人に知ってもらいたいという思いから、都会から友だちや知り合いを呼んだのですが、その中にシブヤテレビジョンの平田昌吾さんがいらして。「渋谷でも何かできないですかね」という話になり、色々アイデアを出していたのですが、シブヤテレビジョンはO-EAST、O-WESTなど、渋谷でライブハウスの運営事業も手がける会社なのです。僕が「ライブハウスの上って、どうなっているの?」と聞いたら、「室外機以外は何もない」と。「えっ、空き地? じゃあ、そこを畑にしたらどうですかね」ということになったわけです。

_屋上を畑にするというアイデアは、以前からお持ちだったのですか?

ちょっと前に公園通りのパルコ・パート2が解体された後に、キリンが運営するビアガーデンができていましたね。あのとき、更地になっている空き地を発見して、これは畑ができると思いまして。それがずっと頭の中に残っていたんです。ただ渋谷の真ん中には地べたはなかなか出来ないよなと思っていたので、この話を聞いたときにピンと来ました。よく音楽を聞かせると、野菜が美味しくなるとかきれいになるって言うじゃないですか。円山町はラブホテルとクラブが密集する街だから、きっとすごく濃厚な野菜ができるんじゃないかと(笑)。油井君も「それは面白い」と言ってくれまして。僕らが渋谷で農業をやる一番の意味は、来てくれたお客さんに野菜の育て方を共有・シェアできる点です。アクセスの良い渋谷なら相模湖まで来てもらうよりもやりやすいし、野菜の育て方などを、実際に畑をやりながら教えることができる。渋谷でできるんだったら、私にも出来ると感じてくれる人たちも現れるんじゃないかという思いもありました。

ライブハウスの屋上に広がる芝生と畑。現在は冬場のため、葉もの野菜中心に育てているという。

都会だから不自由、屋上だからできないということはない。

_実際に渋谷で畑を始めるに当たり、どんな準備をされたのですか?

まずは、プランターとか土とか、水とか…、屋上にどのくらいの重さのものを載っけられるか、業者に依頼して構造計算をしました。なるべく負担を軽減させるために、軽石を買ったりとか、そういう手配も全部自分で行いました。1.5メートル×3.5メーメル、深さ40センチメートルのプランターは特別に発注して作ったのですが、あえて木で作ったため、水や腐食を防ぐために措置を施したりとか…。準備と言えば、そのぐらいでしょうか。大変だったといえば、屋上まで土を持って運ぶ作業ですね。何往復もして一日がかりで行いましたが、これはとても辛かった。

_現在、渋谷の畑を面倒見ているのは、小倉さんと油井さんのお二人ですか。

基本的に僕と油井君でやっています。僕がだいたい週2〜3回くらい、油井君も週1回くらい、午前中に来て草むしりや虫取りなどしています。と言っても、有機農業は思ったよりも手間が掛からないんですよ。僕らの畑は一切水やりをせず、すべて天水のみ。おそらく化学肥料などを使わず、自分たちで土作りを行っているため、土がしっかりと水をキープできるからだと思います。

_渋谷で農業をはじめて1年以上を経たわけですが、季節毎にどんな野菜を作っているのですか?

冬場はかぶやニンジン、ほうれん草などですね。これからは水菜だったり、カラシナ、サラダリーフ、ルッコラ、ベビーリーフなど、葉物。夏はトマト、トウモロコシ。秋は大豆やレタスとか…。特に昨年のトマトは本当に絶好調すぎるぐらい収穫できました。フェロートマトとサンティオという中玉を2種類やったんですけど、いわゆるスーパーで売っているような糖度の高いものとは違うのですが、野生っぽい味で、皮が肉厚。トマトを潰して、塩を少し入れて鍋を沸騰させてトマトジュースをつくったのだけど、とても簡単でむちゃくちゃ美味かった。

_屋上だから上手くいった、失敗したみたいなことはないですか。

田舎の畑には近くに山があったり、川があったりする。屋上の場合って、周りがすべてアスファルトやコンクリートなので、畑と自然は完全に分断されていますので、いわゆる普通の畑とは違う。でも、プランターを作ってみれば、土の中にたくさんの微生物が育ち、その中にひとつの世界が生まれています。今、あの小さいプランターで野菜が育っているということは、つまり、あそこに小さな自然環境が出来上がっているんですね。そう考えてみると屋上だから、これができないあれができないということは意外にないなと感じています。ちなみに一昨年は、ニンジンやほうれん草が全然駄目だったんですけど、今年は今のところ順調に育っています。おそらくは土が良くできたことが一番大きかったのだと思います。昨年はペットボトルを使って、米まで作っちゃいましたから。都会だから不自由かと思いきや、意外とそんなこともないことがよく分かりました。あと面白いなと感じたのは、相模湖よりも渋谷の方がよく出来る作物があったことです。昨年、相模湖では秘伝豆が全部ハクビシンにやられちゃって。向こうは獣害がありますから。もちろん、渋谷の畑にも都会ならではの被害もあって、たとえば、ネズミは水道管を伝わって屋上まで這い上がってきます。がっつり歩いた足跡が、ボンボンと畑に残っていることも。また渋谷はカラスの被害が多いです。一昨年はトマトをノーガードで育てていたのですが、ちょっと芽が出るとガンガン食って、食い散らかされてしまいました(笑)。

_渋谷の畑では相模湖と同じく、収穫祭やイベントを行っているのですか?

上部を切ったペットボトルに稲を植え、米づくりに挑戦。秋には思った以上に多くの米が実ったという。

本当に自分たちだけでやっているので、「そろそろトウモロコシ祭やりたいね」という話になったら、「いいね、いいね、じゃあ、何月ぐらいに収穫祭もやろうよ」という感じで。ビジネス的な感覚というよりも、畑で汗を流しながら本能的に感じたことを直感でやっています。一昨年は多少ニンジンが収穫でき、多少食べられるぐらいになった頃に「作物が育っているよ」というのをみなさんに見ていただくために、初めてのイベントを開きました。昨年は夏にトウモロコシ祭、秋にもペットボトルで作った稲の収穫祭を行い、収穫したものをみなさんに振る舞いました。参加者は渋谷に住んでいる方や家族連れの方、働いている方とか、あとは知り合いのカメラマンやデザイナー、アーティスト、ミュージシャンとか、普段はあまり一緒に集まらないような人たちに来ていただいています。一度のイベントで多いときは200人ぐらい。

_参加者の反応はいかがですか?

まず、大体笑うんです。イベント当日はもっといろいろデコレーションもしているのですけど、屋上に上がってきて、「本当に畑があるよ」ってゲラゲラ笑われる。でも、「美味しい、美味しい」とみんな食べてくれるので、とてもうれしくて。こういうイベントって、付き合いでちょっと顔を出して、じゃあって帰っちゃうでしょう。でも、大体みんな長居していきますね、居心地がいいみたいで(笑)。

昨年7月に開催された「トウモロコシ祭り」の様子。地域の人びとや多くの仲間が集まり、笑顔の絶えないイベントになったという。

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