#シブラバ?渋谷で働く、遊ぶ、暮らす魅力を探る

KEYPERSON

建築家ができることは10%に過ぎない、
皆が都市について深く考えれば、渋谷はもっと素晴らしくなる。

建築家/ 東京大大学院准教授川添善行さん

プロフィール

1979年神奈川県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、デルフト工科大学(オランダ)留学を経て、建築家の内藤廣に師事。2014年から東京大学生産技術研究所准教授に就き、川添研究室(建築学専攻)を主宰。渋谷の魅力を発見・発信するイベント「shibuya1000」では代表幹事を務める。

現在、東京大学の図書館の新館を建てるプロジェクトや、長崎ハウステンボス「スマートハウス」の設計など、若手建築家として注目される東京大大学院准教授の川添善行さん。建築家としての活躍のほか、渋谷の魅力を発信するイベント「shibuya1000」の代表幹事を務め、渋谷に関わる多くの人びととの交流を通して「街づくり」に積極的に取り組んでいる。今回のキーパーソン・インタビューでは、今年3月に開催を控えるイベント「shibuya1000」のテーマや、建築家の視点から渋谷の街が持つ都市の特性と魅力を思う存分語ってもらった。さて、川添さんが思う「渋谷愛」とは ―― 。

ガングロが恐ろしくて…、渋谷にコンプレックスを抱いていた。

_最初に、川添さんと渋谷との出会いをお聞かせください。

大学入学の頃ですね。僕は川崎出身で、中学と高校は横浜。基本的に神奈川の男子高校生は、東京に対してコンプレックスを抱いていますから、正直、恐くて渋谷には行きませんでした(笑)。男子校に通い、女子とは接点がない毎日ですから、当時渋谷に現れ始めたガングロなんて恐ろしくて…。大学に入学し、毎日乗り換えで渋谷駅を利用することになりましたが、すぐに渋谷と和解できたわけではありません。よく覚えているのは、入学してすぐ、語学クラスの男子学生が集まって「うちで飲もうぜ」という話になった時に、誰かが「朝までマッハ(物理学者)の話をしよう」と言い始めて…。これはついていけないと思い、僕は「そういえば用事があった」と言い残し、そそくさと渋谷の街へ。そんな感じで駒場キャンパスに通う2年間は全く友だちができず、授業後は渋谷を通り過ぎ、地元・川崎のドトール・コーヒーでアルバイトをする日々でした(笑)。言ってみれば、僕の中の東京というコンプレックスを形にしたのが渋谷という街でした。閉ざされた環境にいた人間が、初めて社会に出た瞬間に渋谷があったという感じ。さすがに今は大人ですから、渋谷とは完全に和解していますよ。

_今、研究室ではどのようなプロジェクトを手がけているのでしょうか。

いろいろとやっていますが、東大の図書館の新館を建てるプロジェクトが一つです。東大図書館は関東大震災で焼け落ち、ロックフェラーの寄付によって再建された歴史がありますが、このたび90年ぶりに新たな図書館を建てることになりました。僕が構想しているのは、本のない図書館です。これまでのように蔵書量を誇るのではなく、学生同士がひたすら議論できる空間であるべきというのが、私の考え。議論を促すためには、静か過ぎず、うるさ過ぎず、喫茶店のような心地良いざわめきに包まれた空間が理想です。天井のデザインに工夫を凝らし、コンサートホールのように多少音を散らして、裏側では音を吸収して気持ちの良い反響音で全体が包み込まれるような空間を生み出そう考えています。2年後くらいの完成を目指し、現在工事が進んでいます。それから、最近では、長崎ハウステンボスにスマートホテルプロジェクト「変なホテル」の設計も手がけました。日本古来の建築思想を取り入れて屋根の角度や風が抜ける隙間をデザインしたほか、輻射(ふくしゃ)パネルを採用し、冷暖房を使わなくても快適に過ごせるようにしました。今年7月のオープンが楽しみです。

_川添さんは、いろいろな場所を旅するのが趣味だと聞きましたが…。

世界各地の建築を見に行くことは仕事であると同時に、楽しみですね。都市や建築は、写真を見るだけでは分かりませんから。比喩的ですが、空間は一つの言語のような体系を持っていて。外国語を習得する本質的な意味はスキル的なことより、その言語の思考形態を学ぶことにあります。例えば、日本語は文章の最後まで結論が分からないとか、雨を表現する単語がたくさんあるとか、英語は最初に結論を持ってくるとか、言語の体系には、その言葉を話す人の思考形態が表れます。都市や建築にも似たところがあり、ある空間が生まれるまでには多様な履歴があり、思考の体系が隠されています。たとえば、積雪の多い地域では屋根の形状に特徴があったり、風の強さや方向によって瓦のふき方が異なったり、その地域でいかに快適に暮らすかと知恵を絞った結果が、都市や建築として形になっています。それを発見するのが楽しくて旅はやめられません。発見を重ねるごとにセンスは磨かれ、空間への理解は深まります。また素晴らしい知恵は、有名な建築家によるものではなくても、人間が厳しい環境の中で必死に生きようとする時に、必然的に生まれることが多いものです。旅をしながら、「その知恵を現代の材料や工法に生かしたら、どうだろう?」と考えを広げていくことがとても楽しいです。

川添さんの著書「芸術教養シリーズ19 空間にこめられた意思をたどる」(幻冬舎)。川添さんが今までに旅してきた建築や集落、風景を30の事例として紹介し、その背景にある本質を読み解く一冊。

渋谷の高低差が、人びとの多様な振る舞いを喚起する。

_そのような視点から渋谷の街を読み解くと、どうなりますか。

渋谷は、ちょっと変わった人が多いのが面白いところですよね(笑)。それは異なる属性の人びとが集まるからでしょう。そうした事象は「アフォーダンス(affordance)」という概念で説明できるのではないかと、最近気付きました。アフォーダンスとは、1960年代にアメリカの認知心理学のジェームズ・ギブソンという人が提案した概念です。affordは「余裕がある」「喚起する」といった意味で、彼の造語であるアフォーダンスは、「何かを喚起する可能性がある状態」といった意味合いです。渋谷は、2つの側面でアフォーダンスが高い街と言えます。一つは空間側のアフォーダンス。渋谷の地形は高低差があり、空間のロットが小さいのが特徴です。それにより、高低差への対応としてお店などの入り口に1、2段の段差がある場合が多く、また小規模な建物が集合する形となっています。こうした特性が、もう一つ、人びとの振る舞いの側のアフォーダンスの高さをもたらしています。例えば、ちょっとした段差に腰を掛けている光景があると次の人も座りやすくなるように、振る舞いは連鎖していきます。銀座や丸の内では、道端に座っている人は見かけませんよね。また近年、表参道が渋谷とは異なる方向に向かい始めたなと感じるのは、地形に対して間口が広い大きな建物が増えている点です。高低差は建物内の階段で処理しており、都市空間として、渋谷のようなムラというか誤差が生まれづらく、多様性が見られにくくなっています。そうした小ささが生み出す微妙な誤差は、大きさのロジックとは逆で、ビジネス的には全く効率的ではありません。だからこそ、いろんな人が集まり、自由に過ごせる雰囲気が生まれているのではないでしょうか。そういう街って気持ち良くて、僕は好きです。

_そういう要因から、渋谷らしさが生み出されているわけですね。

そんな気がしますね。「shibuya1000」というイベントを通して渋谷と深く付き合うようになりましたが、イベント準備で様々な商店街や組合に挨拶に行くと、それぞれカラーが違うんですよ。何かあるたびに一つひとつ回らなくてはならないのは、前近代的で面倒くさいなと最初は思いましたが、それって間違いなく良さにつながっていると今は思います。先ほどの話に戻りますが、ロットが大きく少数の主体で都市が形成されていると効率的ですが、アイデンティティはその主体に大きく左右されます。その点、渋谷は異なる考えを持つ小さな主体が集まっているから、その中のいくつかが変わっても街としてのアイデンティティは維持されやすい。どちらが都市としてのイメージを強固につくることができ、サスティナブルであるかを考えると、間違いなく後者ですよね。渋谷では通りごとに異なる雰囲気が残っているのも、そのことが起因しているのでしょう。今後は、その特性をどのようにして計画的に保つかが課題と言えるでしょう。容易なことではありませんが、原理が分かっているわけですから、必ずできると思います。

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